『信仰』

暗く冷たい石牢に、ひとつだけ開いた小さな窓。
そこから漏れる光が、夜明けを教える。

鎖に繋がれ、重い足枷まで付けられて、
傷だらけの身体を横たえることも出来ないまま、
高耶は誰もいない牢で、いつものように朝の祈りを呟いた。

いつかこうなるのはわかっていた。
ただ…あの男が弾圧者の側だったなんて…
あの手で、この牢に繋がれる瞬間まで、思っても見なかった。

どうしておまえなんだ。
嘘だったのか? 何もかも…嘘だったのか?

ヒタヒタと聞こえてきた足音に、高耶はハッと顔を上げた。
来る…あいつが…

扉を開けた男は、ギッと睨む瞳を見つめて微笑んだ。

 

 

「あなたがいけないんですよ」
直江はそう言って、高耶の首から十字架を外した。

「これはあなたが掛けるものじゃない。
 あなたを裏切った人間が持つべきものです」

挑むような高耶の瞳が、十字架を追って直江の動きを見つめる。
十字架を胸に抱いて、直江は高耶の足に口付けた。

 

 

あなたがいけない。
こんな俺を信じたりするから…

あなたの胸の奥にある美しい魂を、
俺は知ってしまった。

十字架は、遺された者への戒め
神の子を信じなかった悔恨のしるし
それでも人を愛していると、言ってくれたキリストへの愛の証

だとすれば、何の罪も無いあなたが、なぜ持たねばならない?
あなたにこんな運命を与えたのが神だというなら、
なぜあなたが、そんな神を愛さねばならない?

「救済など信じていないのでしょう?
 それなのに、信仰を捨てないのは何故です」

呟いた直江の声が、泣いているように聞こえた。
冷ややかな笑みを浮かべた表情は、凍りついたように動いていないのに…

「俺にだって…わからない
 でも…わからない…から捨てないの…かもな」

高耶の顔に、笑みが浮かんだ。

弾圧されて従うなんて出来ない。
そういう人だ。と、直江は答えを聞く前から知っていた気がした。

神など信じない。
心から信じられるのは
信じたいと思うのは、ただひとつのもの

輝ける魂よ
あなただけに愛を…

 

2007年5月23日

このお話は、今年の1月に猫の目さんが絵板に描いて下さったイラストに、萌えて書いたものです。
キリスト教が弾圧された頃の、クリスチャン高耶さんと弾圧側の直江。だと思って下さい(^^)
舞台は日本じゃありません〜(笑) 強いて言うならローマ時代の雰囲気で…(^^;

拍手ログに戻る

小説のコーナーに戻る

TOPに戻る