『聖夜の出来事』

  

  「えっ…高耶さん 今夜もバイトなんですか…」
   電話のむこうで、直江のラジオヴォイスが曇った。
   胸がきゅっと痛んで、高耶は目を瞑った。

   今日は12月24日。クリスマスイブだ。
   本当なら、今日のバイトは昼までで、
   夕方には直江と会えるはずだった。
   なのに急に病欠が出て、夜間勤務もすることになったのだ。

  「すまない、直江。オレ…約束してたのに・・」
   言葉がうまく出てこない。
   ホントは会いたい。直江にこんな寂しい声、出させたくない。
   どう言えばいい? どうすれば伝わる?

  「そう・・ですか。しかたないですよね・・」
  「直江…」
  「大丈夫ですよ。そんなに気にしないで下さい。明日は会えますよね?」
  「ああ。明日は店が休みだから、絶対大丈夫だ。」
   思わず力を込めて言ってしまった。直江が嬉しそうに微笑んだ。

  「では明日10時に迎えに行きます。いいですか?」
  「ん、わかった。 あ、お前、今夜からこっちにいるのか?」
  「ええ。ブエナビスタに。じゃあ、明日。楽しみにしています。」

   受話器を置いたとたん、がっくりと椅子に座り込んだ直江である。
   せっかくの今夜の予定が、まさかバイトに阻まれるとは…。
   直江は恨めしげに、テーブルの薔薇の花束を見つめて溜息をついた。

   既に時刻は、夜中の3時を廻っている。
   やっと仕事が終わった高耶は、ブエナビスタの前に立っていた。
   こんな時間にきても、会えるわけなどない。部屋も知らない。
   けれど、なぜか来てしまった。

   ところどころ、ホテルの部屋に明かりが灯っている。
   直江はあのどこかで眠っているのだろうか。
  「メリークリスマス。直江。」
   心の中でささやいて、高耶は自分の家へと歩きだした。

   冷たすぎる風が吹きつけてくる。
   自分の両腕を抱くようにして、高耶はひとり歩いた。
  「高耶さん!」
   前方から突然声がした。

   月明かりに輝く雪の道を、直江が走るようにして歩いてくる。
  「直江? お前なんでこんなところにいるんだ?」
   驚く高耶を、包み込むように抱きしめて、直江はにっこり笑った。

  「待ってたんです。バイト先の近くで。
   でもまさか私のホテルに来てくれるなんて、思いませんでしたよ。
   おかげで追いつくのが遅れてしまいました。」

   赤くなってうつむいた高耶の顔を、   大きな両手で包んで目を合わせると
  「メリークリスマス。会えて良かった。」
   冷たくなったくちびるを重ねた。

   何度もくちづけて、やがて熱い舌を絡めあう頃には
   もう寒さなど感じない。
  「部屋に行きましょうか。」
   お互いのぬくもりを分け合うようにして、
   誰もいない道を二人で歩く。

   身を切るような冷たい風も、刺すような冷気も、
   聖夜の清らかな空気を呼び覚ます彩りになってゆく。
   月と雪と夜が奏でる誰も知らないクリスマスキャロル。


        サイレントナイト ホーリーナイト

         全てが輝き、全てが今ここに集う。

          ジーザスの生まれた夜に…

 

クリスマスということで、企画してみました。
冬は空気が冴えて、月や星が怖いくらい綺麗ですよね。
このくらいの時間だと、シリウスもよく見えるんじゃないかな?

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