白い息を弾ませて、高校生の一群が城の周りを走ってゆく。
今日は城北のマラソン大会。
高耶、譲、千秋の三人は、先頭集団より少し遅れた位置をキープしながら、並んで走っていた。
「ハッ…ハァッ…も、ダメだって…頼むから…寝かせて…」
「駄目だよ高耶。今日は寝かせてあげない。」
掠れた声で懇願する高耶を見つめて、譲が微笑む。
「…ぷっくっ…く…アハハハハ。その会話…勘弁してくれ。笑いが…」
堪えきれずに噴出した千秋に、高耶はムッとした目を向けた。
「や、わかってんだけどさ。おまえ早朝バイトで寝てないんだろ?
わかってるって。けど…」
声だけ聴いていると、まるで甘い睦言だ。
それだけでも笑えるのに、ふいに直江の顔が浮かんで、千秋はすっかりツボに嵌っていた。
「千秋も笑ってる場合じゃないよ!
今日の順位が高耶の単位を救うんだから。しっかり協力してよね!」
眠そうな高耶の手を引いて、譲が千秋を叱咤する。
千秋は笑いを胸に押し込めると、速度を上げて高耶の隣に並んだ。
眠気と疲れで苦しそうな息をしながら、高耶は重い瞼を半分閉じかけたまま走っている。
その顔をチラリと窺って、千秋は小さく舌打ちすると、追い抜きながらコソッと高耶の耳に囁いた。
「も…駄目…寝かせて。だっけ? アイツが聞いたらどんな顔するか見ものだな。」
とたんにパッと顔を上げた高耶の瞳が、千秋とぶつかって戸惑うように揺れた。
こんな表情、直江も知っているのだろうか?
他の誰にも見せたくない。ふとそんな思いに囚われて、瞳を見つめた。
「アイツって、直江先生のこと? 高耶、それで寝不足なんだ。」
いきなり譲の声がした。咎める視線が高耶に向かう。
「違ッ! 昨夜は何にも…!」
思わず否定して、高耶はバッと口を押さえた。
俯いた耳がカアァと赤く染まってゆく。
ダッシュで駆け去る高耶の後を追いながら、譲が千秋に片目を瞑った。
「やったね千秋! あれならトップ確実だよ。高耶、単位を落とさずに済みそうだね。」
そうだな。と頷いて、千秋は低い雲の垂れ込めた空を見上げた。
もうすぐ雪の季節になる。
きっとだから心が揺らぐのだ。
寒いから…ちょっとだけ誰かを抱きしめたい気分になる。
「やっぱ成田が最強だな。」
走りながら、千秋は笑って譲の頭にポンと軽く手を置いた。
温もりが胸に沁みる気がした。
2007年11月8日 桜木かよ
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