部屋に入った直江は、高耶の枕元に座って寝顔を見つめた。
規則正しい寝息。こんなふうに眠るのは、きっと久しぶりに違いない。
テーブルには、お茶とおにぎりやバナナが置いてある。潮が用意したのだろう。
直江は、穏やかな気持ちで高耶の手に触れた。暖かい手。
その手にくちづけ、髪を撫でた。
愛しいという素直な気持ちだけで、胸が一杯だった。
自分をも高耶をも責めることなく、ただこの存在を愛しいと思う。
直江の瞳から、涙がひとつぶこぼれて、高耶の手を伝い落ちた。
「直江?泣いているのか?」
目覚めた高耶が、不思議そうに直江を見つめた。
そしてもう一方の手を伸ばすと、直江の頭を抱きしめて、
「泣くな、直江。泣いちゃだめだ。」とささやいた。
「泣いてなんかいませんよ、高耶さん。あなたを愛している、ただそれだけです。」
直江は瞳に涙を溜めたまま、そう言って高耶にくちづけた。
唇に、瞼に、首筋に、優しいくちづけを繰り返し、
高耶を抱きしめて、今度は深く静かにくちびるを合わせると、甘い陶酔が体に融けて染み渡る。
高耶が小さな吐息をもらすと、直江の愛撫が全身に伸びてゆく。
熱を帯びた高耶の肌に、直江のひんやりとした舌の感触が心地よい刺激を与え、
痺れるような快感にこらえきれずに手を伸ばすと、直江の大きな手が包み込んだ。
喘ぎ声を吸い取るように、直江が舌を絡ませる。
深く激しく繰り返される愛撫に、いつのまにか追い上げられ、声にならない叫びがあがった。
直江の紅潮した顔が、汗にまみれた体が愛しくて、抱きしめようとした手を、
離さないようにしっかりと指を絡め、高耶の中に深く繋がってゆく。
痛みと同時に熱い痺れが脊髄を走る。
「は…あっ…なお…え…直江っ」
狂ったように名前を呼ぶ。
「高耶…さん…」直江の声が、途切れ途切れに聞こえる。
直江の喘ぎが、激しい動きにつれて高まっていく。
今までも何度も繰り返された直江との行為。
けれどその度毎に、熱い思いは少しも冷めることなく、
より一層熱い想いへと深まっていく。
それは不思議なほどに切なさを増して、もっと深くもっと強くその存在を感じていたいと思わせた。
この一瞬に、全ての想いを込めて求めあう。
愛しさも、苦しさも、何もかもが混ざり合って。
このままひとつになって融けてしまおう。ふたりで。
周りを一切気にしないで、ただ二人だけになれたのは、どれだけぶりだろう。
「あなたの道は、まだ続いている。」お前のあの言葉が、今も俺を生きさせている。
裏四国を止められなかった事を、悔やみ続けるお前。
お前をこんなに苦しめて、きっと俺のとった道は間違っているんだろう。
でも、これは俺とお前がずっと求めた夢なんだ。
お前には俺の気持ちがわかっているんだろう?
この呪法に懸っていたのが俺の命でなければ、お前の苦しみも違っていたかもしれない。
でも、どれほどお前を苦しめても、どんなに大きい罪を背負っても、俺は諦められない。
いつか必ず、行き場を無くした悲しい魂達は、自分で行き場を見つけられる。
居てはならないものとして排除されるのではなく、自分でその先に進む道を見つけられる。
そう信じたいんだ。
昔お前が言ったように、人間は思いやりを知る生き物なのだと、そうなれると信じたいんだ。
お前が俺にそう教えてくれた。そうだろう?直江。
心でそう語りかけながら、高耶は隣にいる直江を見つめた。
口に出すことはできなかった。
直江はきっとわかっている。
それでも高耶を責めずにいられなかった直江の苦悩が、
わかるだけに、言葉にすることは無意味に思えた。
何も言わずにただ見つめる高耶に、直江は微笑を返した。
高耶の思いを全てわかっているというように。
包み込むような眼差しで、ただ高耶を見つめて抱き寄せた。
「安心してお眠りなさい。あなたの道は続いている。俺達の道は終わらない。」
高耶にも自分にも言い聞かせるようにそう言って、直江は高耶に唇を重ねた。
「それとも、眠るのはもったいないですか?」
久しぶりに聞いた、直江らしい口調だった。
「ばかっ」
高耶はくるっと背を向けると、ぎゅっと眼を閉じた。涙が出そうだった。
直江は、そんな高耶を背中から抱きしめた。
「おやすみなさい、高耶さん。」
直江の温かさが伝わってくる。
深い安堵が満ちてきて、高耶はゆっくりと眠りに落ちた。
翌朝、高耶が目を覚ますと、直江がお湯を沸かしていた。
どうやらもう9時頃らしい。こんなに眠ったのは何日ぶりだろう。
「お腹すいたでしょう? 武藤が用意してくれたおにぎり、食べませんか。」
熱いお茶とおにぎりが、体に元気をつけてくれる。
「それにしても、なんでバナナなんでしょうね。」
と直江がバナナを手に取ったとき、ちょうど潮が入ってきた。
「おはよー、仰木! よく眠れたか?」
元気いっぱいの笑顔でそう言った潮は、直江を見たとたん、
「ああ〜ッ。橘、バナナは仰木の為に買ってきたんだぞ!お前が食うんじゃない!」
と叫んだ。
「えっ、別に食べようとしたわけじゃ・・」
うろたえる直江からバナナを取上げると、
「バナナは栄養ばっちりなんだからな。
仰木あんまり食わないから、これでも食べて栄養つけろよ。」
にっこり笑って高耶に差し出す。
呆気にとられて見ている直江の顔を横目で見て、潮は満足した。
橘のこんな表情なんて、そうおがめるものじゃない。
カメラに収めたいくらいだ。
「お、おう。サンキュ。」
思わずそう答えた高耶に、潮は胸が熱くなった。
たった一日だけれど、仰木は昨日よりずっと元気になった。
それがなにより嬉しかった。
「いいか、昨日仰木は何者かに拉致された。そんで、俺達が助けた。
そういうことになってるからな。仰木は俺達がちゃんと連れて帰るから、
橘はここからひとりで隊に戻れよ。」
なんとも強引な設定だ。
何者かって、何者なんだ? まさか三好のせいにする気か?
そうつっこみたくなるが、なんといっても昨夜の幸福は潮のおかげだ。
直江は素直に感謝することにした。
自分で歩いて帰れるという高耶を、半ば無理やり小太郎の背に乗せて、潮は楽しげに歩いていく。
離れがたい思いを胸に、直江はひとり山を降りた。
赤鯨衆での立場を考えれば、今はまだこうするしかない。
あなたの隣にずっといる。
そのためには、急がなければ。
時間は無情に過ぎていく。
希望の見えない暗い闇の中で、ただひたすら光を求めてもがき続けるしかない。
必ず見つける、あなたを助ける道を。
高耶のぬくもりを確かめるように、直江は自分の手を握り締めた。
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