『たったひとつの願い』

赤鯨衆の朝は早い。
今日も中村のアジトでは、夜明けと同時に戦闘訓練が始まっていた。
日が高くなって来た頃、ジープのエンジン音と共に、パッパーッとクラクションが鳴り響いた。
「お〜し、休憩じゃ! 宿毛からうなぎ弁当の差し入れが来ちょるぞ〜!!」
「うなぎ?! どがいしたんじゃ。えらいご馳走じゃのう」
あちこちから大喜びで集ってくる隊員に、
「今日は土用丑じゃけぇ。うなぎ食うて力つけなっちゅうこっちゃ。」
堂森がニコニコ顔で答える。
その横で、直江は弁当を配る手伝いをしながら、高耶の姿を探していた。

うなぎの差し入れは、もちろん直江の提案だ。
今日ここに来る口実ができる上に、高耶の夏バテも防げる絶好のチャンスを逃す手はない。
四万十の清流で育ったうなぎは、滋養たっぷりで抜群に美味かった。
「良かった。今日は残さず食べましたね。」
皆から少し離れて食べていた高耶は、直江の声にチラリと眉を上げた。

「やはりおまえの案か。うなぎは体にいいし、なによりこれは美味かった。いい案だったな。」
「お褒めに預かり光栄です。」
軽く頭を下げて、そのまま隣に腰を下ろした直江に、高耶は目で(どうしたんだ?)と問いかけた。
こんな人目につくところで、あまり親しげな様子は見せられない。
それは直江も充分わかっているはずなのに…
無言の問いかけに、直江は小さく頷いた。
わかっている。だからこそ、こんな方法でやっとここまで来たのだ。

「今年の土用丑は7月23日。今日なんです。
それでうなぎを用意したのですが、仰木隊長は他に何か欲しいものはありませんか?
自分にできることなら何でもさせて頂きますので、どうぞ仰って下さい。」

この状況では、誕生日を祝うこともままならない。それでも何かしたかった。
想いを口にすることさえ叶わないなら、せめて瞳でこの心を受け取って欲しい。
直江は高耶の瞳を一心に見つめた。
「俺が欲しいものは、ひとつだけだ。叶うなら…欲しい。今すぐにでも」
高耶の答えは、眩しいほどにまっすぐな眼差しだった。

「どこまで行くんだ?」
「もうすぐです。あと少しですから、黙ってついてきて下さい。」
訓練を途中で抜け出して、二人は山中を登ったり降りたりしながら、奥へ奥へと入っていた。
直江のことだから、ちゃんとわかっていて進んでいるのだと思っていても、
目印も何もない山中で、よく迷わないものだと感心するほど、それは道なき道だった。

やがて辿り着いた場所は、大きな木々に囲まれてひっそりと静まり返った緑の空間だった。
綺麗な湧き水が小さな川になって、苔むした岩の隙間を流れていく。
ビロードのような緑の苔を、木漏れ日が薄く照らしている光景は、足を踏み入れるのが躊躇われるほど美しかった。

「どうします? 今なら何もなかったように、訓練に戻ることも出来る。戻りますか?」
高耶の躊躇いを感じて、直江は穏やかな口調で尋ねた。
こうして二人でいるだけで、抱きたい気持ちは抑えられなくなってくる。
けれど高耶がそれを望まないなら、直江はそのまま戻るつもりだった。

「戻らない。言ったろう? 俺が欲しいのは、ひとつだけだと。」
直江を見つめて静かに首を振ると、高耶は木の根元に靴を脱いで踏み込んだ。
ここがあんまり綺麗だから、俺なんかが入っちゃいけない気がしたんだ。
そう言って、高耶は一歩だけ足を踏み入れたまま、立ち止まって祈るように目を閉じて天を仰いだ。

欲しいのはひとつだけ。
その願いが、俺にとって本当に何よりも大事な願いなのだと、おまえは知っているだろうか?
俺が本当に望んでいるのはそれだけなのだと、おまえにだけは知っていて欲しい。
今おまえの目の前にいるのが俺だ。
これが俺の心だから…

「直江。」
服を全て脱ぎ捨てて、高耶は何よりも欲しいものの名を呼んだ。

壊れるほどに、おまえで満たされたい。
だから抱いていてくれ
このまま…
ずっと。ずっと…

眠ってしまった高耶を抱きしめて、直江はそっと囁いた。

「高耶さん。お誕生日おめでとう。」

この先も、ずっとあなたを抱いているから…
世界がどう変わろうと。
何があろうと。
あなたと共にいる。この先も、ずっと。

                  2006年7月23日

 

なんだかいつも、同じことを言ってる気がします(^^;
でもやっぱり、高耶さんを想っていると、同じことを言いたくなるの。
ずっとあなたと共にいたい… 想うのは、ただそれだけなのです(^^)

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