ある夏の日

「うわあ、最高! 潮風が気持ちいい〜!」
車から降りたとたん、綾子は海に向って走り出した。
「待てっ!自分の荷物くらい持ってけ、こらっ!」
トランクを開けながら叫んでいるのは、アロハを着た千秋だ。

とびっきりのお天気。
かんかん照りの太陽が青い空にぎらぎら輝き、水平線の向こうには入道雲がむくむくと盛り上がっている。
ここ富山県の海に、今日はキャンプに来た6人である。

「暑い…」
よれよれになってぜいぜい言いながら、高耶がふらふら車から降りてきた。
「も、ダメ。お前の車なんか、ぜってえ乗らねえ。」
沈むように、車の横に座り込んだ高耶に、
「はい、ポカリでも飲んで、元気だせよ。」
譲が冷たい缶を差し出した。

「ん、サンキュ。」
喉を潤して、やっと立ち上がると、
「もう、お兄ちゃんてば、ホント暑いの弱いんだから。」
美弥が譲の後ろから顔を覗かせた。

「そんなんじゃねえっ!お前達は直江の車だからいいけど、千秋のやつ、クーラーつけさせねえんだよ!」
「夏なんだから、暑いのは当り前だろうが。軟弱になりやがって。」
これも修行のうちだ。と千秋が涼しい顔で言った。

「千秋さんも綾子さんも、平気な顔してるよ、お兄ちゃん。」
美弥はすっかり感心して、ほとんど尊敬のまなざしだ。
「あいつら、人間じゃねえ…」

「どうしたんですか?高耶さん。」
直江がさわやかな笑顔で歩いてきた。
その涼しげな顔をみると、なんだか自分だけが暑さに弱い気がしてくる。
「くっそ〜! 泳ぐぞ、美弥!」
そう言うと、高耶はいきなり海に向って走りだした。

「待ってよ、お兄ちゃん。」
後を追って走り出した美弥に手を振ると、
高耶は、砂浜で服を脱いで飛びこんだ。
先に行った綾子は、既に沖合いを泳いでいる。
「ほい、景虎の荷物。俺は晴家の持ってくから。」
呆気にとられて見ていた直江に、千秋がバッグを差し出した。

直江たちが、荷物を抱えて歩いていくと、高耶が海から上がって走ってきた。
「悪い!荷物、持たせちまって。俺も運ぶから。」
水滴が、滑らかな肌をすべり落ちる。
すっかり元気になって、まぶしい笑顔を見せる高耶に見とれて、直江は一瞬言葉を失った。

「あ、いいえ、私が運びます。」
はっと気付いて、慌てて言うと、とたんに、高耶の表情が翳った。
「俺が持つ。」
不機嫌に言って、ひったくるようにバッグを持つと、スタスタ歩いて行ってしまった。

「ごめんなさい、直江さん。あいつ、人の世話になるのって苦手なんだ。」
代りに詫びて、譲は高耶のもとへ走っていく。
並んで歩くうちに、やがて楽しげに笑いあう二人を、直江は微かな胸の痛みと共に見つめていた。

「直江〜。のんびり見てる暇があったら、手伝え!」
山のような荷物を抱えて、千秋が叫んだ。
「あの野郎、俺にも散々世話んなってるくせに、持つんだったらこっちを持てってんだ。車でのこと、根に持ってやがんな。」
ぶつぶつ言いながらも、どこか楽しそうな千秋の荷物を半分持ってやると、直江は松の木の下で手を振る譲に笑顔で応えた。

 器用にテント設営をこなす高耶の、手際の良さに感心していると、
「お兄ちゃん、お父さんに教えてもらったんだよ。」
と綾子と一緒にやってきた美弥が言った。
「ちっちゃいころ、みんなでよくキャンプしたんだ。」
なつかしそうに言う美弥に、高耶は少し痛ましげな瞳をした。

「美弥、着替えテントですればいいからな。見張っててやっから。」
「うん!」
着替えて出てきた美弥に、
「おっ、美弥ちゃん、かわいい!水着似合ってるよ。」
千秋が声をかけた。
「でしょう?私が景虎と一緒に買いにいったのよ。」
綾子が得意げに言おうとするのを、高耶がいきなり手で綾子の口を塞いだ。

「姉さん!みんなに言うなっていっただろうが!」
高耶が女の子の水着を買いに行っている姿を想像して、千秋が吹き出した。
「笑うんじゃねえっ」
真っ赤になって、ふるふるしながら怒る高耶に、直江までつい笑ってしまった。

「す、すみません。」
と言いながら、笑いが止まらない。
ふと、怒っていた高耶が、直江を見つめた。
「お前の笑ってるとこ…。」
言いかけて、それ以上言わずに高耶は微笑んだ。
「もっかい泳ぐぞ!」
そう言って、美弥と譲と一緒に、また海に走っていく。
(お前の笑顔が見たい)
あの日を思い出して、直江は微笑んだ。

高耶といることで、こうして感情は溢れ出してゆく。
あの人と会うまでの自分は、やはり本当に生きてはいなかったのだと、気付かされる。
高耶のはじけるような笑顔を、胸にきざむ。熱い思いと共に。

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