新しい一日

「行くぞ。直江」
突然の誘いに急いで仕度をして外に出ると、
ホーネットに乗った高耶がヘルメットを投げてよこした。
「どこに行くんです?」
問いかけた直江に、高耶は答えなかった。背中が楽しそうに笑っている。
「いいから、しっかりつかまってろ。」
そういうと、夕闇の中を走り出した。

風をきって走る感じが、騎馬に似ている。高耶の体温が直に伝わってくる。
遠い昔、こうして共に馬の背に乗ったことがあった。
そう、あのときもこの人は熱い魂を持っていた。
思えば初めて会ったときから自分は惹かれていたのだ。
この熱に触れた瞬間から。

「直江。ほら、桜が咲いてる。」
ほとんど散りかけて葉桜になっている木々のなかで、
わずかに花を咲かせている木を目聡く見つけて指差した。
あっというまに通りすぎていく光景なのに、
夕闇の空と、茜色を端に残した黒い雲を背景に、
浮かび上がった一本の桜は、直江の胸に深い印象を残した。

街を抜け、山道を走って、
真夜中近くにバイクが止まった先は、日本海の砂浜だった。
「ここは…。」
そこは400年前にふたりが言葉を交わした浜を思い出させた。
「似てるだろ?」
そう言った高耶の瞳は、穏やかに微笑んでいた。
「お前と来たかったんだ。もう一度。」
あのときと同じ浜ではないけれど、この海は変わらない。
水の美しさは昔に及ばなくても、
打ち寄せる波もうねりも、あの頃のままだ。

月は見えなかったが星が瞬き、ほんのり白い砂浜は、
歩くのにちょうどよかった。
「景虎さま…と長くお呼びしましたね。」
そう呼び続けたままだったら、今のふたりがあっただろうか。
「高耶さん。」
この名を口にするだけで愛しさが胸に溢れてくる。

「おまえのその呼び方・・」
言いかけて少し俯いた。
言おうかどうしようか迷ったあと、顔を上げると、
「他の誰にも真似できないんだ。おまえでないと。」
そう言うと、直江を引き寄せてくちづけた。

間近で見つめる瞳が誘うように煌いて、
もう一度くちづけようとした直江に、
「今日がなんの日か知ってるか。」
高耶が囁いた。何の日だったろう? 思い出せない。
「何の日でもいいでしょう。」
そんなことどうでもいいだろうと言いたげな表情を見て、
高耶は満足そうに微笑んだ。

「おまえの誕生日だ。」
そう言うと可笑しくてたまらないという顔で、
「やっぱりおまえ、自分のことになると全然わかってないよな。」
ひとしきり笑ってから、抱きしめた直江の腕の中で、
「誕生日おめでとう。直江。 おまえと会えてよかった。」
そのまま目を閉じて体を預けた。

くちづけて、抱き合って、
海のざわめきを聴きながら星の降る空を見上げる。
やがて太陽が昇る。新しい一日のはじまりを二人で出迎えよう。
おまえと一緒に。来年も再来年も。この先もずっと。ずっと。

 

小説に戻る

TOPに戻る