『もも缶とりんご』

結局、俺は3日間も仕事を休んだ。
声も出るようになったし、いつまでも休んではいられない。
「直江。おとなしく寝てろよ!」
言い捨てて部屋を出た。
あいつは昨夜から風邪で寝込んでる。
だからあのときやめろって言ったのに。いや言ってはいないが、態度で示したはずだ。
おまえって奴は…。
ったく俺がどんな気持ちでいるか、ちっともわかってない。
おまえが怪我したり寝込んだりするたびに、心臓がキリリと痛んで苦しくなる。
自分がそうなった方が数倍は楽だ。なのにおまえは…。
なんでいつも俺をかばって、守って、無茶ばかりするんだ。
俺のことより、自分をもっと大事にしろよ!
ひとしきり怒ってから、あ、と気付いた。
なんだかこれって、いつも俺が言われてる言葉じゃねえか…。
高耶は苦笑しながら直江の眠る部屋の窓を見上げた。

(俺は何をやってるんだ!)
本当に風邪が伝染ったのはいい。だが寝込んでしまっては何にもならない。
この程度でさえ、自分の手に余るというのか。
(これでは守るどころか、心配させてしまうだけだ…。)
自分の不甲斐なさがやりきれなくて、直江は重い体を起こした。
おとなしく寝ていろと言われたけれど、とてもそんな気持ちになれなかった。
なんとか着替えて、ふらつきながらドアに向かって歩き出すと、
目の前でガチャッとドアが開いた。

「何やってんだ! 寝てろって言ったろ!」
いきなり怒鳴りつけたのは、仕事に行っているはずの高耶だった。
直江がベッドに戻ると、高耶は抱えてきた盆を膝に置いて、枕元に腰掛けた。
「ちょっと抜けてきただけだ。メシ食わなきゃ治らねえぞ。」
目を合さず早口で言って、粥をスプーンですくった。
「ほら。口開けろ。」
直江は目をぱちくりさせて、マジマジと高耶を見た。
「あの…高耶さん? 俺はちゃんと自分で食べられますから…。」
体を起こして手を差し出したが、
「いいから。口開けろ。」
ンッと口元にスプーンを付きつけられて、しかたなく恐る恐る口を開けた。
そうっと粥を食べさせながら、小首を傾げて心配そうに覗き込んでいた高耶が、
喉の動きを確認してホッとしたように微笑んだ。

「じゃな。今度こそちゃんと寝てるんだぞ!」
慌しく仕事に戻るのを、ベッドから見送って静かに目を閉じた。
今は自分を責めている場合じゃない。
温かい粥と一緒に、高耶の微笑が体に染み渡って力になってゆく。
焦ってどうする。
今ゆっくり眠っていれば、次にあの人が戻ったときには、もっと元気になっている。
ドアを開けた瞬間から、あの人が笑顔で入って来れるように。
もう少しだけ。あと少しだけ…待っていて。
 

「直江。おとなしく寝てたか?」
ドアから顔を覗かせた高耶は、布団にくるまった直江を見てにっこり笑った。
得意そうに持ってきたのは、すりおろしたりんごだった。
「いいにおいだろ? なんてっても地元だからな。」
枕元でラップをはずすと、空気が澄み渡るかのような甘酸っぱい香りが、部屋中に広がった。

もしかして…桃缶に対抗してるつもり…なのか?
またしても器とスプーンを渡そうとしない高耶を、直江は溜息交じりで眺めた。
粥といい、このりんごといい、スプーンにすくって差し出しているところを見ると、
いくら自分で食べられると言っても聞いてくれそうにない。
観念しておとなしく口を開けた直江に、高耶は極上の笑顔でりんごをひとさじ食べさせた。

よかった。今朝よりもずっと元気になってる。
明日になれば、もっと回復するだろう。
おまえが俺にしてくれたように、俺もおまえに元気をやるから。
だからゆっくり休めばいい。
ほら。夜がすぐそこで眠れって言ってる。
食べ終わったら、今度はおまえの寝顔を見せてくれ。
そしたら俺も眠るから。
寄りそって眠る温もりが、なによりも元気をくれる。
おまえが俺の幸せを願うなら、俺はおまえの幸せを願う。

そうして明日もまた、一緒に笑おう。

 
                        2005年2月13日

思った以上に長くなってしまいました(笑)
もも缶とりんご。ふたりの思いは、同じなような違うような…(^^)
えへへ。これって実は私が食べたいものだったりします。
寒いと風邪が流行しますが、どうぞ少しでも早く治りますように…。
いっぱい眠って、元気になろうね!

 

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