続ごあいさつ編

 夜も更けた頃、ふたりは海岸に車を止めて、シートから海を見ていた。
高耶とかわした甘いくちづけの余韻が、直江を近くの海岸へと走らせたのだ。
このまま帰るなんて、出来るはずがなかった。
月夜なのか以外と空は明るく、穏やかな海が美しい。

 隣のシートで窓を全開にして、気持ち良さそうに風に吹かれている高耶の方に身を乗り出し、直江は同じ窓から海を眺めた。

「こら、窮屈だって。お前でかいんだから、こっち来るな。」
「窮屈ですか?じゃあ、こうしましょう。」
覆い被さる体制になった直江は、にっこり微笑むと、ゆっくりシートを倒した。
「そんなんじゃなくて・・」
言いかけた高耶の言葉を、直江の唇が奪う。
舌を絡めて深く追い求めるくちづけに、心臓の鼓動が耳の奥で鳴り始める。

やがて唇が離れると、
「海が見えない。」
そう言って高耶が直江を軽く睨んだ。
「不満ですか?」
直江は優しく微笑むと、高耶の首筋に顔を埋めた。
「ああ、不満だ。」
甘い吐息をもらして囁く。とろけそうな声が直江を煽る。

しだいに熱く激しくなってゆく愛撫に、抑えようとしても喘いでしまう。
全開の窓にやっと気付いて、直江が右手でスイッチを押した。
左手は器用に服を脱がしていく。
窓が閉まると同時に、直江の両腕が高耶を抱きしめた。

身動きもできないくらいの車内で、ひたすらに求め合う。
波音も風のざわめきも、ふたりの耳には届かない。
「愛している」と言葉でなく体で伝える。
いつのまにか窓が白く曇っていた。

 運転席から手を伸ばして、直江は高耶の髪をそっと梳いた。
まどろんでいた高耶が目を開けると、外はようやく夜が明けかけていた。
直江はもうきちんと身なりを整え、ほのかに上気した頬と熱を残した瞳だけが、激しさのなごりを留めている。

 高耶はシャツのボタンをとめると、シートを起こして座り直した。
黙ってそれを見ていた直江が、高耶の目をしっかりと見つめて言った。
「高耶さん、これから小田原に行きませんか。」
穏やかな微笑の裏に、静かな決意が感じられた。

「お前、兄上に会いに行くつもりなんだな?」
「ええ。やはりあの方には認めて頂きたいんです。もっと早く行くべきだったのですが。」
氏照の思いを本当にわかっているのは、直江かもしれなかった。
かけがえのない人を、奪われたくない。その思いは痛いほどわかる。
だがそれでも…。

「行こうか、小田原へ。」
高耶が微笑んだ。
思わず抱きしめたくなるような笑顔に、直江の手が動きかけたとたん、
「待て!」
と高耶が声を上げた。

そのまま固まってしまった直江に、
「家に寄ってちゃんと着替えてからだ。こんなじゃ兄上に顔を合わせられないからな。」
そういうと、どうしたんだ?と不思議そうにこちらを見た。

「なんでもありません。」
笑いながら、直江はエンジンをかけた。
いつのまにか空が朝焼けに染まっている。
今日もいい天気になりそうだ。

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