ごあいさつ編

「高耶さん。お願いがあるのですが。」
直江の真剣な表情に、高耶は怪訝な顔をした。
「なんだ?改まって・・」
「あなたの御両親に、結婚のお許しを頂きたいんです。」
高耶の表情が曇った。
「いらねえよ、そんなの。」
そう言って顔をそむけた高耶の両肩を、直江の手が優しく包んだ。

「今のあなたを生んでくれた大切な御両親です。会わせて下さいますね。」
「直江・・・。」
本当は、ずっと気になっていた。
けれど、もう会うことは無いと思っていた父母・・。
やっと顔を上げた高耶は、直江を見つめて小さく頷いた。

松本の小さな料理屋の一室で、5人がそれぞれに緊張の面持ちで座っていた。
「高耶さんを必ず幸せにします。」
そう言った直江に、びっくりして口もきけない状態に固まってしまった3人だったが、 しばらくして父が言った。

「高耶、本当にお前はこの人と結婚したいんだな?」
「ああ。俺はこいつと結婚する。」
父子が言葉を交わすのも、こうして見つめあうのも、何年ぶりだろう。
「そうか。」
そう言ってうつむいた父は、やがてしっかりと顔を上げて、直江に向き直ると、
「息子をよろしくお願いします。」
畳に手をついて頭を下げた。
母はそんな父の姿に涙を浮かべながら、一緒に頭を下げた。

「やったね!お兄ちゃん!」
美弥が歓声をあげた。
「橘さん、お兄ちゃんを泣かせたらダメだからね。」
直江は何度も頷いて、姿勢を正すと深く頭を下げた。
「親父、かあさん・・ありがとう。」
目を閉じてうつむいた高耶の声が震えていた。
「こんな男を、お前は親父って、呼んでくれるんだな。」
涙で潤んだ父の目は、大好きだった昔と同じ、優しい目だった。

数日後、今度は橘家に行ったふたりである。
「高耶さん、すみません。うちにまで来て頂いて・・」
「なに言ってんだ。俺んとこだけってわけにいかねえだろ。」
直江がどれほど家族を大事に思っているか、高耶はよく知っている。
だから最初から挨拶に行くつもりだったのを、なぜか直江は嫌そうなのだ。

「ごめんください。」
入ったとたん、直江の母が飛んできた。
「あなたが高耶さんですのね!」
「は、はい!」
あまりの勢いに、思わず一歩退きかけた高耶だったが、なんとか踏み留まった。

「この子が結婚するって言うので、どんな方かと楽しみにしてたんですよ。」
男同志の結婚である。反対されるんじゃないかと内心覚悟していた。
ところがなんと、家族みんなが大喜びなのだ。
「男だろうがなんだろうが、義明のこんなに幸せそうな顔が見られるなら!」
嬉しくて堪らないといった家族の様子に、安堵しつつも複雑な心境だ。

「すみません。高耶さん。」
帰りの車で謝る直江に、
「なんで謝るんだ?」
「だって、困ってしまったでしょう?どうもうちの家族は私の事となると、ああいう風になってしまって。」
高耶がふいに、直江の手に自分の手を重ねた。
驚いて車を止めた直江に、高耶が言った。

「それだけお前が大事だってことだろう?俺は気を悪くしたりしてねえよ。」
高耶の瞳が甘く見つめる。
惹き込まれるように、くちびるを重ねた。
空に星が瞬きはじめる夏の宵。夜はまだこれからである。

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