『天の川を渡ろう』

いつものように空を飛んでいたとき、高耶がふいに肩越しに振り返った。
「そういえば、お前に初めて会ったのも七夕だったな。」
「覚えていて下さったんですか?」
目を丸くした直江に、高耶は唇を尖らせた。
「おまえ俺の記憶力をなめてんのか? 忘れるわけねえだろ。
 星を見るはずが、魔法使いを見つけちまったんだからな。」

 

こんなこと、誰が信じるだろう?
七夕に星を見上げるのは、子供の頃からの習慣だった。
あの日だって、同じことをしただけだったのだ。
そうしたら、箒に乗った人間が空にいた…なんて

忘れられるはずがない。
あの日が七夕でなければ、
天の川を見上げていなければ、
俺はおまえと、出会えなかったのだから

 

「七夕だから空を見上げたんですよね?」
「そう…だけど。」
なぜそんなことを聞くのかと言いたげな顔を見つめて、
直江は意味ありげな微笑を浮かべると、
高耶の腰をグッと引き寄せて、腕の中に抱え込んだ。

「ねえ、どうして七夕だと空を見るんです?」
「なんでって…子供の時からずっと…」
クスクス笑う直江の息が、耳をくすぐる。
思わず目を瞑って首を竦めたら、頭のてっぺんまですっぽりと直江の腕の中に納まってしまった。

あれ?

この感じ…覚えがある。
風を切る音。
冴えた空気の匂い。
背中に感じる温もり。

『怖くないから目を開けて…』
子供の俺に、そう囁いたのは誰だ?
あの温もりは…

『また会える?』
『ええ。あなたが私を忘れなければ…』
『忘れないよ。今日は七夕だもん。』
『?』
『天の川を渡るのは、七夕だけなんだって、お母さんが言ってた。 
 忘れない。だから迎えに来てね! また天の川を渡ろ!』

 

そうだ。あのときから俺は…

 
「思い出した? あなたと私の、初めての夜を…」
直江が甘い声で囁く。
「ばっ…ばか! 変な言い方するな!」
一気に両方の記憶が蘇って、高耶は耳まで真っ赤になった。
暗くてわからないはずなのに、直江の動きは確実に高耶の動揺を知っている。

「天の川…渡ってくれるんだろ?」
高耶の言葉に、不埒な動きを開始しようとしていた手が止まった。
「…そうですね。今日は七夕ですから。」
名残惜しげに溜息をついて、直江はにっこり微笑んだ。

星の川が空を流れる。
彦星と織姫の邪魔をしないように、ほうきはフルスピードで川を渡っていった。

 

 

                2006年7月13日

 

七夕にUPするはずが、書いてたのをうっかり全消去しちゃって…
書き直したら、すっかり遅くなっちゃいました(^^;
「魔法使いの落し物」の二人です。シリーズ化してしまった(笑)

背景の壁紙は、こちらからお借りしました。→

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