『休息』

柔らかな白い空間に濡れた音が反響する。
シャワーの飛沫でも湯面が波立つ水音でもないそれは、自分と繋がる高耶の内部(なか)から生まれてくる。

膝に跨り、息を荒げて自ら身体をしならせる高耶を、直江はただ陶然として見あげている。

隠すことなく白日に肌を曝し、絶え間ない淫靡な音に煽られるように熟れた瞳で求めてくる、我を忘れたようなその様は、およそ普段の彼からは考えられない媚態だった。

彼の中の自責の念が彼を駆り立てていることを、直江は知っている。
たとえ高耶自身がそうとは意識しなくとも。

先ほど彼の仕掛けた子どもじみた悪ふざけ。
その他愛もない行為が予想外に自分を動揺させたことに、彼が驚き、恥じ入り、そして喜びに包まれたことに、男は気づいていた。
雨に打たれ続けながら、彼の陥っていた逡巡までも。

……是も非もない。
高耶の真情をすでに直江は知っている。
彼の迷いを、躊躇いを、そして自分に向けられる想いの深さを。

高耶の抱える相克はそのまま直江の想いでもあった。
高耶だけしか要らない。この世にふたりだけでいい。
醒めることのない幻影の中、この腕に閉じ込めて自分以外何も見えず何も考えられないようにしてやれたら……後先考えずその狂気じみた独占欲のままに動けたら、いっそどんなにいいかと思う。

だが、それは高耶の本質を損ねること。
どんな暗闇にいようと一点の光さえあればそれに向かってまっすぐに伸びようとする、彼の生来の力を。
生きることに真摯な、彼の魂を。

怖れるものがあるのか?と、彼は自分に問うた。
返さなかった自分の答えは、「あなたを喪うこと」
そしてもう一つ、「あなたの魂の輝きをくもらせてしまうこと」

その一線を越えないために、直江はまず、自身に巣食う我執を律するところから始めねばならない。
何よりも大切な高耶を、自分と、彼自身からも守るために。

たとえ、揺らぐ想いが彼を甘やかな幻想に誘い込んだとしても。
そうなることを彼が望んだとしても、彼にそれを選ばせてはならない。
まやかしの楽園を願ってはいけない。
そんな未来は永久に訪れない。本質から外れた選択は、いずれきっと彼の心を蝕むから。

彼の進むべきは、今、足元に在る確かな大地。
まだその未来(さき)は見通せなくとも。

男の想いに呼応したように、不意に箭のような逆光が高耶を照らした。
天窓から差し込んだ、湯気を貫く一筋の光芒。天使の階。
まるで天の祝福のように。

彼の顔をよぎる恍惚。光に溶けそうな彼の表情。
そのすべてが愛しくて。
幻影に逃げなくていい。俺は此処にいる。
いつだってあなたの傍にいるから。

そんな思いでひときわ強く突き上げる。
とたんに高くあがる嬌声。仰け反る喉もと。しなる背中。
なおえ……と。
そう、戦慄く唇が、声にならない言葉を形つくって、泣き出しそうにしがみついてくる。
目の前に在る自分を確かめるように。

……大丈夫、此処にいるから。そう直江は囁き返す。
現(うつつ)でも幻想(ゆめ)には浸れる。好きなだけ俺に溺れてしまいなさいと。

擽るような唆すようなその響きに身を委ね、高耶はふっと微笑んでそのまま意識を飛ばしていった。
力をなくしてもたれかかるその身体を、直江は包み込むように抱きしめる。


天空に、ときに雲が湧き雨が降り、やがてまた陽射しが戻るように。
揺れてもいい。たちどまっていいのだ。
そのために、こうして支える両手があるのだから。


そうしてひとときやすらいだあなたは、きっとしなやかで強靭な精神を取り戻している。
そんな目覚めを自分は信じていられるから

 

 

このお話は「よろず手習い・菅原や」のこうれん様から頂きました!
私の『春雷』からイメージして書いて下さった『驟雨』の続きです。

これを書くのに、私の春雷とは違う二人になってしまってる…と、悩んで下さったそうで…
確かにこうれんさんのおっしゃるとおり、私の書いた「春雷」の二人とは違ってます(^^)
なんといっても、「春雷」は、まだ初期の頃の二人をイメージして書いたものなんですから…(滝汗)
こうれんさん、悩ませてごめんなさい!(平謝〜)m(_ _)m
でも、おかげでこんなに素敵なお話を頂けて、私は本当に嬉しいです(←鬼畜な私を赦して下さい〜)

こうれんさんの描く世界、どうぞ『驟雨』と合わせて堪能なさって下さいね〜(^0^)

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