曇り空を見上げて

薬売りとは名ばかりの景虎でも、時々は薬が売れることもある。
今日も油問屋で声を掛けられ、奥で傷薬や腹痛の薬を出していると、ふと聞きなれた声が耳に飛び込んできた。

(直江…?)
油を買いに来たのだろうか。
直江は番頭と少し話すと、間口に腰を下ろして額の汗を拭った。

梅雨の晴れ間で、今日は特に蒸し暑い。
座っている直江の元に、女中が水を持ってきた。
気立ての良さそうな娘だ。
直江が嬉しそうに微笑んで、水を一気に飲み干した。

あの男、あのような顔をするのか…

いつの間にか景虎は、手を止めてしまった事にも気づかず、直江の姿を見つめていた。

「どうかしたのかえ?」
薬を持ったままの手を、女将がやんわりと握った。
「あ、いや何も…」
ハッとして目を伏せた景虎には、もちろん女将への下心など全くない。
だがその風情は、女将の心をすっかり虜にしてしまった。

おかげで薬はたっぷり売れたものの、振り切るのに苦労した景虎は、
町はずれの道で直江と出会って、思わずぷいと顔を背けた。

「なんです?いきなり…」
いつものようにムッと眉を寄せた直江を、目の端でちらりと見つめて、
「たまには笑ってみせれば良いものを…」
景虎は口の中で小さく呟いた。

「は?…今なんと?」
直江が首を傾げて近寄ってくる。
「何でもない!」
言い捨てて足を早めた。

「景虎さま?」
追ってくる直江の声が、なぜか癇に障る。
バッと振り返ると、すぐ後ろに迫っていた直江と衝突しそうになってしまった。

見上げれば空は、今にも雨が振りそうな雲に覆われている。

この感情は何だ?
もやもやと胸にわだかまる、この思いは何なのだ?

垣間見ただけの直江の笑顔が、景虎の胸の奥で、いつまでも消えずに残っていた。

2008年6月13日

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