『川原にて』

まだ冬には遠くても、川原を吹く風は身を切るように冷たい。
家と呼ぶにはあまりにもお粗末な小屋をねぐらにして、もう3日。
景虎は、ただ風を避けるだけの戸板の裏で、俯いたまま自分の体を抱きしめた。

寒い…

こんな程度で風邪をひいてしまう、軟弱な自分が恨めしかった。
兵蔵太の体は、元の自分よりもずっと頑健に出来ている。
それなのに何故…
思えば思うほど、それが自分の弱さを示している気がして、
景虎はグッと目の前の簡素な薬箱を睨みつけた。

まだゲホゲホと咳き込む体をなだめつつ、
身なりを整えて薬箱を背負うと、
ざくざくと砂利を踏む足音が聞こえた。

(直江か…)

チッと舌打ちして、眉を寄せた。
あの男のことだ。
この姿を見れば何かとうるさいに違いない。
景虎は渋々背中の荷を下ろし、元の場所にうずくまった。

**********

入り口のむしろを掻き分けて、
直江は隅にうずくまっている景虎に、
「ただいま戻りました。」
と声を掛けた。

「うむ」
短い返事で応えた景虎は、ちらりと直江を見上げると、
目が合う前にスッと視線を外した。

何だ? 今のは…?

直江は訝しげな瞳を向けたが、景虎の様子からは、もう何もわからない。
不思議に思いながら表に出ようとして、ふと薬箱に目が止まった。

位置が変わっている。
どうやらこれを持って出かけようとしたらしい。
やっと熱が下がったばかりだと言うのに、全く仕方の無いお方だ。

いつもなら説教するところだが、
今日の直江は、そんな気持ちにならなかった。
いらぬ説教よりも、今は他にしてやりたいことがある。

寒そうに背中を丸める姿を、そっと目の端で捉えて、
直江は何も言わずに外へ出て行った。

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やがて戻ってきた直江は、ほかほかと湯気の立つ椀を手にしていた。
「先ほど行った村で、分けてもらいました。」
そう言って直江が差し出した椀の中には、
小芋や牛蒡、大根などがいっぱい入っている。

よく煮えたホクホクの小芋を頬張って、
景虎は思わず「美味い」と呟いた。
このところ、ずっと食欲もなく、ほとんど何も食べていなかっただけに、
温かい汁や野菜の旨味が、体の中に染み渡るような気がする。

椀の中身が空になる頃には、
あんなに寒かったのが嘘のように、
景虎の体は内側から温かくなっていた。

食べるほどに表情が和らいで、
しまいには蕩けるような微笑みを浮かべた景虎を、
直江は嬉しそうに見つめた。

『よっぽど大事な人なんじゃのう』
芋煮を分けてくれた村人の、明るい声がふいに蘇った。

自分はそんな思いでこうしているのではない。
そう思いながら、
ならばこの気持ちは何なのかと、問いかける自分がいる。

考えまい。
そう。今はただ、こうしている時間だけが、唯一確かなもの。
それだけが、確かなことなのだ。

   

10月25日

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相変わらず、変な終わり方ですね…(滝汗)
芋煮で盛り上がる夜叉衆。なんてのも書きたかったな〜(^^)
またそのうち書けるといいな♪ 時間、ホント欲しいです!

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