『傘をさして歩こう』

夕焼けのかわりに暗く曇った空から、ぽつぽつと雨が落ちてきた。
出かけようとして、高耶は直江の傘に気付いた。
「あ〜っ!あいつカサ置いてってるじゃねえか!」
いつも用意のいい直江が忘れるなんて珍しいな・・と手にしたとたん理由がわかった。
傘立てに高耶の傘がない。
この前バイトに行くのに持って行って、置いてきてしまったのだ。
「ったく、俺は傘なくても平気だっつってんのに・・」
それでもこういうことをするのが直江だ。
お前が甘やかすから俺がなまっちまう。と勝手な文句を言いながら、傘を持って外に出た。

今日はいつもより早く帰るって言ってたっけ。
何時とまではわからなかったが、駅まで行けば入れ違ったりしない。
夕飯の買い物に行こうと思って出たのだが、この雨はこれから本降りになる気がした。
「迎えに行ってやるか。」
まだ小雨だ。傘をささずに持ったまま高耶は駅に向った。
(あなたという人は・・どうして傘をささないんです!)
直江の怒る顔が浮かんで、高耶はふっと微笑んだ。

この道をひとりで歩くのは久しぶりだ。
いつもはバイクだし、駅にはほとんど行かない。
考えてみれば、この道を歩く時はいつも直江と一緒だった。
モノトーンの街を、早足で駅に急ぐ。
雨が少しずつ激しくなって、高耶は走り出した。

傘をさしてもよかったのだが、なんとなく傘を開きたくなかった。
駅まで走って改札の前に立った。
濡れた髪の先から、ポタリとしずくが落ちる。
うるさそうに髪を掻き揚げると、小さな水のつぶがキラキラと零れ落ちた。
「早く来いよ。直江。」
心の中で囁いた。

プラットホームの列車が入れ替わるたびに、顔を上げて見る。
髪のしずくが落ちなくなっても、まだ直江が来ない。
ふと声が聞こえた気がした。
ホームに新しい列車が入ってきた。目立つ長身の男が混じっている。
彼は扉が開くと同時に、溢れる人波を押しのけて改札へ駆け込んできた。

「高耶さん!」
定期を左手に持ったまま険しい顔でやってくると、直江は高耶の髪に触れた。
「どうして傘をささなかったんです。」
わずかに怒りを含んだ口調に、くるりと背を向けて高耶がくすっと笑った。
「大丈夫だ。これくらい。」
そう言うと直江を置いて歩き出す。
「帰るぞ。」
すぐに追いついた直江に、くいっと傘を差し出すと、
「お前のほうがデカイからな。」
直江の顔を見ないまま傘を振る。
どうやら照れているらしい。

「御意。」
と答えて傘と一緒に高耶の手を包み込んだ。
赤くなって引っ込めようとする手を、離さずにもっと強く握り締める。
「・・くしゅん。」
ヤバイ。ほんとに風邪をひくかもしれない。
直江がすっと上着を脱いで高耶に羽織らせた。
「風邪をひきます。」
心配そうな声が暖かく胸に沁みわたる。
俯いたまま高耶は満ち足りた笑みを浮かべた。

駅を出て傘を開いた。
ぽんと乾いた音がして、一歩踏み出すと雨の粒がぱつんぱつん騒がしい音を立て始める。
「おもしれぇ音がするだろ? 傘が乾いてないとよく聴こえねえんだ。」
高耶が直江を見上げて嬉しそうに笑った。
「この音の為に傘をささなかったんですか?」
「ん?・・ん。それだけじゃねえけど…。」
言葉を濁してその先は言わなかった。

二人でひとつの傘をさして歩く。急がずにゆっくりと。
雨のしずくで濡れないように、直江が高耶に傘をさしかける。
いつもよりずっと近くに寄り添って歩ける時間。

「帰ったら風呂にはいってあったまらなきゃな。」
「そうですね。一緒に入りましょう。」
「ばあか、なにいってんだよ。」

他愛の無い会話にときめきを混ぜて、鼓動が雨音に重なる。
雨の雫が通りすぎる車のライトに照らされて、プリズムのようにきらきらと虹色に輝いた。
「あ、しまった。メシ焚いてない。」
「いいですよ。今夜はあなたをいただきますから。」

笑いあって家路を辿る。
晴れでも雨でも、光はいつも降り注ぐ。
ここに・・心に・・。

 

2004年6月18日

キリバンが3000〜4500までスルーされちゃったので、
カウンターが見れない人に差上げようってことになり霞月サンに・・(^^)
音楽とイラストの効果で見違えるようです!! 
霞月、ありがとう! 

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