彼方からの呼び声−11

「譲さん、急ぎましょう!」
奥社への参道を、直江と譲が走る。
「こっちだ、直江さん!」
譲の言う通りに、道をそれて杉木立の奥に向う。一秒でも早く辿りつきたい。
高耶の元へ、二人の胸にはそれしかなかった。

 戸隠の洞窟が目の前に現れた。
激しい戦闘の名残りがあちらこちらに記され、何人もの依代らしき人々が倒れている。
直江はそれを無視して洞窟の奥へと向った。
 いやな予感がする。胸の奥がざわざわと騒いでいた。
「直江!景虎を見なかった?」
血相を変えて奥から走ってきた綾子が叫んだ。
「いないのよ、景虎がいないの!」

 真っ青になって震える綾子に言葉をかける事も忘れて、直江は綾子の来た道を走った。
 隠し部屋から外に出た直江は、崖の手前で足を止めた。
 地面に手を触れ、高耶の気配を追って、直江は愕然と崖下を見た。
 ここから落ちたのか!
 必死に目を凝らしてみても、夜の闇にまぎれて何も見えない。
 月があるとはいえ、とても役には立たなかった。

 直江は迷わず崖を降りた。ほとんど滑り落ちるようにして降りてゆく。
 全身全霊を霊査のアンテナにして、高耶の気配を探った。
 どこだ?どこにいる!
「高耶さん!返事してください!高耶さん!」
 狂ったように叫びながら、手探りで進む直江の手に、高耶の指が触れた。
(冷たい)
 心臓が凍った。頭の中が真っ白になる。

 直江は高耶の冷たい手を、包み込むようにして暖めながら、もう一方の手で高耶の頬に触れた。
 くちびるに手をやると、かすかに息がある。安堵でやっと直江の心臓が動き始めた。
「高耶さん、しっかりしてください。」
彼の上半身を抱えて、腕の中に包み込む。
高耶の冷たい頬に自分の頬を寄せ、両手をこすって暖め、自分のぬくもりを移す様にして抱きしめた。
「う…つっ。」
喘ぐようにして高耶が意識を取り戻した。
「なお・・え・・」
うっすらと目を開いた高耶は、直江をみると安心したように微笑んだ。
「よかった。お前が無事で。」
それだけ言って、再び目を閉じた。

静かな寝息が聞こえてきて、直江はやっと全身の筋肉がほぐれるのを感じた。
とろけるように安堵が広がってゆく。
ここがどこかも、どうやって帰るかもわからなかったが、今は彼が生きている、それだけでよかった。
直江は高耶を優しく抱きしめたまま、黙って目を閉じた。
腕の中で高耶の鼓動が、規則正しくリズムを刻んでいる。
それがわけもなく嬉しくて胸が熱くなった。

明日になれば、またあの苦しみが始まるかもしれない。
自分が愛だけで彼を愛せる人間なら、どんなに楽だったろう。だがこれが自分なのだ。
それでも今は、今だけは、彼を愛している、その思いだけで生きていられる気がした。
胸にある熱くて優しい思いに身をまかせて、直江は高耶を包み込むように抱いていた。
「高耶!直江さん!」
譲の声に、二人は目を覚ました。いつのまにか眠っていたらしい。
どのくらいの時間が経ったのだろう。空が白み始めていた。

「よかった!千秋、綾子さん、二人とも無事だよ。」
やはり高耶を探すのは、譲が一番らしい。千秋も綾子もほっとした。
「全く、無茶すんなってんだ。おとなしくあの部屋で寝てりゃ良いものを。」
そういいながら、千秋の目はちっとも怒っていない。油断すると笑みがこぼれそうだ。
「景虎…」
綾子が高耶の頭を抱きしめて泣き笑いしている。
高耶は片手を伸ばして、何も言わずに綾子の頭を撫でた。

なんとか山を降りると、高耶と譲は直江の車に乗りこんだ。
綾子はバイク、千秋はひとりで自分の車に乗る。
「千秋の車じゃ、高耶がよけいに疲れちゃうからね。」
にっこり笑った譲に、
「いっつも勝手に乗り込んで来るくせに。今度からもう乗せてやんねえ。」
千秋は口を尖らせた。
笑いながら綾子が手を振った。
「じゃ、またね。あんたも早く元気になんなさいよ。」
それぞれに別れて帰ってゆく。
あの後、蘭丸を捕らえることはできなかった。闇戦国の戦いは、まだまだ終わらない。
心の痛みはこの先も続いてゆく。
(あなたの願いは、いつかかなう)
幸せを願ってくれた人の思いを胸に、高耶は車の窓から青い空を見上げていた。

 

長いお話に最後までおつきあい頂いてありがとうございました!
これ、当初は「綾子姉さんの或る一日」というテーマで、短編の予定だったんです。
真っ暗なトンネルの中での調伏を書こうと思っただけだったのに、まさかこんなことになるとは・・。
去年の5月〜8月頃に書いたものです。前・後・完結編として送り付けて読んでもらってた(^^;
今回、長男が修学旅行で戸隠スキー場に行ったので、そうだ!アップしよう!と思ったしだい(笑)
本物の戸隠は、まさに絶景!!だったそうな。あ〜ん、私も行きたかったよ〜。

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