『息吹』

水の匂いがする…
穏やかな空気の流れに、ふいにひんやりとした気配が混じった。
「泉は、この先のようですね。」
直江の声に頷いた高耶が、俯いたまま動きを止めた。
「どうかしましたか?」
「アオムシが…」
「青虫?」
見ると、高耶の服にアオムシがついている。
「どっから来たんだ、おまえ。」
笑いながら手に乗せると、高耶はムニムニと動く虫を、柔らかそうな青葉に移してやった。
(あなたという人は。またそんな瞳で…)
一瞬アオムシにまで嫉妬しそうになって、直江は小さく溜息をついた。

力で抑えつけようとする者たちに向ける厳しい瞳からは、想像もつかない優しい瞳。
同情とか、強者が弱者を憐れむとか、そんなものではなくて。
その瞳を見つめているだけで、なぜか胸が痛くなる。
あなたへの愛しさで、息がつまりそうになる。

空を見たり虫を見たり…
この人はいつも、様々なものを見ている。
その目に映るものは、俺が見ているものと同じなはずなのに、
時々まるで違う何かが、この人には見えているんじゃないかと思う。
この人と同じものを見てみたい。
この人が見ている世界は、どんな色をしているのだろう?

小さなアオムシは、もくもくと葉を食べていた。
無心に食べるその姿がとても綺麗に思えて、高耶はしばらく見つめていた。
彼らは自分たちの存在意義など求めない。
ただひたすらに、貪欲に生きている。
その姿を、力強いと思った。

虫も花も人も。
こうして懸命に生きようとしている。
この命を、生きようとする魂を、踏みにじる権利など誰にもない。と。
…そう思うから、戦っている。
けれどそれは、だから俺達が生き続けることも許して欲しい。と。
そう願わなければ生きられない、俺の弱さなのかもしれない。

生命は、存在を許されるも許されないもない。
ただ厳然と、そこに存在するものなのだ。
そう言ったのは、直江。お前だけれど。
命は限りなく強い輝きを持って、存在するものなのだ。と。
彼らをみていると、そう思う。
誰の許しもいらない。生きたいと願うから、生きるのだと。

それでも。
いや。だからこそ。
自分にとって美しいもの、都合の良いものだけを選別する、そんな世界を認めたくない。
馴れ合いの世界が欲しいんじゃない。
ただ。生命を、想いを、平気で切り捨てる。そんな世界になって欲しくない。
それもまた、俺のエゴであったとしても。

やがて高耶は、毅然とした瞳で顔を上げた。
風に若葉が香り立つ。
黒々とした土を踏みしめて、二人は更に山の奥へと踏み込んだ。

あなたの目に映る世界が、どんな世界でも。
俺は、あなたと同じ世界に生きる。
あなたと歩き続ける。
必ず。そこに、あなたと共に…

          2005年4月24日     桜木かよ

 

これは当初、拍手連打のお礼に…と思って書き始めたんですが…
全然お礼になってないですね〜(笑)
相変わらず、私の想いをぶつけただけのものになってしまいました(^^;
あったかい春の一日。庭いじりをしながら思いついたお話。
直江はずっと、高耶さんと一緒に歩いてるんだなあ…(^^)

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