始まりはいつも・・・

  

日曜の昼下がり。
いつものようにガソリンスタンドでバイト中の高耶に、車の窓から千秋が声を掛けた。
「よお、大将。洗車頼むぜ。 もち手洗いで。丁寧にな。」
「こんの忙しいのに、なにが手洗いだ! 洗車機で充分なんだよ。」
高耶が不機嫌を絵に描いたような表情で言い捨てた。
「ふうん。今日はずいぶん荒れてんじゃねえか。直江とケンカでもしたのか?」
さらりと問いかけた千秋を、一瞬ちらりと見ただけで、高耶はぷいっと顔を背けた。
「図星…か。」
「そんなんじゃねえよ。」
ただ…今日は日曜だから…。ただそれだけなんだ。
せっかくの休みなのに、一緒にいられない。
たったそれだけのことなのに、あいつがあんな顔をするから…。

「まあったく。金なんかちょいっと力を使えば簡単に稼げんのに、なんで律儀に働いてんだ? 相変わらず妙なとこで真面目っつうか頭が硬えっつうか。」
ふぅっとタバコの煙を吐き出して、千秋が呆れたように言った。
その隣で、千秋の車にワックスを塗り終えた高耶は、
「うるせえな。てめえが軟らか過ぎんだよ!」
と赤くなった顔を隠すように、力を入れてゴシゴシ磨きはじめた。

なんにも言ってないのに、なんだっていつもこいつは、まるで見透かしたように痛いところを突いてくるんだ?
俺がこうして働くことは、間違っちゃいない。
普通に生きていく為に、当たり前のことをしてるだけだ。
なのに…。
何やってんだ俺は。
あいつの顔が、浮かんで消えない。
休めばよかったなんて、考えちまう自分が腹立たしくて…。
休ませてくれって言わなかった自分が、もっと腹立たしくて…。

「ああ〜っ、てっめえ何やってんだ。景虎!」
千秋の声ではっと我に返った。
いつのまにかワックスだらけの布で窓まで拭いていた。
「げっ…」
慌てて窓を拭き直す。ったくどうかしてる。
「なあ、やっぱ今日は帰った方がいいんじゃねえか?」
こいつに心配されるなんて、情けなくて涙が出そうだ。

大丈夫だと言おうとして振り向いたとき、ずっと遠くの人影に気付いた。
「どうした?」
高耶の視線の先を追って、千秋も振り返った。
「は。さすがというかなんというか…。」
遠くからでも目立つ長身。なにより、その発するオーラでわかる。
高耶はじっとその人影を見つめたまま動かない。
ふたりを見ていた千秋が、こらえきれずに笑い出した。
「な、なんだよ。」
高耶がどぎまぎして、手にした布を持ちかえると、車の窓を拭きはじめた。
が、ほとんど上の空だ。気持ちはあっちに行ってしまっている。

「景虎。貸しにしといてやるよ。」
わけがわからない顔の高耶に、千秋はにやりと笑って続けた。
「いいから、行ってこい。後はおれさまが上手くやっから。」
「そんなわけにいかねえよ。」
驚く高耶の肩をポンポンと叩いて、
「メシ2回。ちゃんとした美味い料理食わせろよ。手ぇ抜いたら承知しねえからな。」
そう言うと、近づいてくる人影に向って押し出し、
「ほれ、タオルよこせ。」
と手を差し出す。

しばらく迷うように千秋の顔を見つめた高耶だったが、やがてはにかんだ笑顔を浮かべた。
「すまねえ。とびっきりの御馳走すっから。」
千秋に布を渡すと、軽やかに走り出した。
走ってくる高耶を見て、人影もこちらに向って走り出した。
人目もはばからず、高耶を抱きとめた人影は、嬉しそうな笑顔で千秋に手を振った。
「直江の奴、いつから見てたんだか。」
手を上げて二人に応えて、千秋はおかしそうに笑った。

車が一台、滑りこんできた。
「悪りぃねえ。今日はもうおわりなんですよ〜。」
直江は高耶をすっぽりと包み込むようにして歩いていく。
目を見交わして、笑いあって、手に触れて…。
幸せな時間は、いつもこうして始まる。

 

 

バカップルを目指したんですが・・・
ははは。やっぱ私じゃこんなになっちゃいました〜

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