『桜幻想』

「花に嵐…」
そう呟いた直江は、不思議な微笑を浮かべて俺を見た。

「あなたの為にあるような言葉だと思いませんか?」

咲いたばかりの桜が、強い風に煽られて舞い散る。
木の下に立った直江は、その花を惜しみもせず、
俺を見つめたまま、ゆっくりと手を伸ばした。

反射的に身を退いて、俺は無理やり言葉を紡いだ。

「どう言う意味だ。…何が言いたい」

淡いピンクの花びらが、薄闇に狂ったように舞い飛んで、
風を孕んで翻る、直江のコートに
一瞬の色を遺しては、また散ってゆく。

体が揺れるほどの風に、揺らぎもしない眼差しが、
俺をじっと見つめて放さない。

 
「桜の季節には嵐が尽きものでしょう?
 それはね、桜という存在が嵐を呼ぶんです。
 桜自身は望まなくても、嵐は桜に引き寄せられる。

 あなたと同じだ。

 あなた自身が望んでも望まなくても、
 人はあなたに惹き寄せられる。

 それに…桜もあなたも、嵐が似合う。」

   
伸ばされた指が、俺の頬にそっと触れて、
唇をなぞると顎から首へと伝わって降りる。

「そんなの、お前の勝手な思い込みだ」

   

 
嵐に桜が舞う。
まるで散ることを望んでいるかのように見えるのは、
俺がそう望んでしまうからか…

いっそ散らされてしまいたい
この胸に渦巻く嵐のままに

嵐を求めているのは俺だ

災厄なんて望んじゃいない。
人を惹きつけたいとも思ってない。

だけど…この身に巣くう激しさを
燃え尽きるほどに、この身を投げ出してしまいたくなる衝動を

嵐のせいにして、散ってしまえるなら…

 

 

「あなたを散らすのは、俺だけでいい。」

抱きしめて囁く直江の声が、
熱い吐息が、その腕の力強さが、
俺をこの世界に繋ぎとめる。

「簡単に散らせると思うなよ」

俺の言葉に、直江は小さく笑った。

 

 

ここにいたい。
ここにお前がいる限り、俺はそう願うから…

狂わせてくれ
お前の腕の中で…

散った花びらの一片まで、お前と共に在るように…

 

 

 

             2007年3月30日

 

散る桜を見ていると、なんだか人という楔を外れてしまいたいような、
おかしな気分になりませんか?(←ならないか…/苦笑)
心が奪われる…っていうのかな。幻想の世界に迷い込んで、出られなくなってもいい…みたいな(^^;
そういう気分で書いたお話。
桜って本当に、いろんな意味で高耶さんを連想させる花ですよね!

背景の壁紙は、こちらからお借りしました。→

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