「幸福な夜は…」

クリスマスだからって、キリスト教徒でもない俺たちが、浮かれて騒ぐ必要なんてない。
なのになぜ、今夜あいつがいないのを、寂しいと思ってしまうんだろう?

ひとりきりの夜は、今日に限ったことじゃない。
昨日も一昨日も、その前も…ずっと1人で過ごしてきたのに…

だからよけいに寂しさが募っているのだとは気付かず、
高耶はケーキ屋の前を素通りし、チキンの匂いにも足を止めずに、木枯らしの吹く道を歩いた。

誰もいない家は、中に入っても寒い気がする。
小さく溜め息を吐いて荷物を置き、靴を脱いだとたん、バンと勢いよく背後のドアが開いた。

「高耶さん!」

振り返る間もなく抱きしめられて、重なるように倒れ込んだ体の下で、何かの箱がグシャッと潰れた。

「直江…ちょ…待っ…なんか潰れ…ンん…あ…はア…」

潰れた箱など、どうでもいいとばかりに、直江は熱いくちづけと愛撫の嵐で、高耶の言葉を甘い喘ぎに変えてゆく。

「ッ…や…も…なおえ…なお…」

せつなげに伸ばされた手を、指で絡め取って握り込む。

「目を開けて…俺を見て。高耶さん…」

涙の粒が溜まった睫に、そっと触れるようにして囁くと、高耶は薄く目を開けて直江を見つめた。
潤んだ瞳が、直江だけを映して煌めいている。

どんな星より光より、美しく輝く俺だけの宝物。
あなたを抱きしめる為に、俺はこの世界に生まれて来たのだと、何の迷いもなく言い切れる。

この思いが、この体を通じて、あなたに届けばいい。
届いて欲しい。

心を注ぎ込むように、直江は高耶の中に精を放った。

   

やっと少し呼吸が落ち着いて、高耶は直江の腕に抱かれたまま、ぼんやりと天井を見上げた。

暖かい…

こんな廊下でも、おまえといると暖かいんだな…

直江の体温が、心まで沁みてくる気がする。
暖かくて…このままずっと抱かれていたくなる。

帰って来れるとは、思ってなかった。
ただでさえ忙しい仕事が、今の時期になると、泊り込んでも間に合わないほどなのは、俺だって知ってる。

それを、直江は…

こいつのことだから、イブの夜は一緒に!!とか思ったに違いない。
イブだからって、無理しなくても良かったのに…
だけど…

「お帰り、直江」

「ただいま…高耶さん」

幸せな気持ちで直江の背中を撫でながら、ふと傍らに目をやって、高耶は突然「アッ!」と叫んで跳ね起きた。

「どうしたんです?」
驚く直江に、高耶は潰れたケーキの箱と、クリームの付いたカシミヤのコートを押しやった。

「あ…」
苦笑いして、直江は高耶を抱き寄せると、
「平気ですよ。それより寒くないですか?」
と全裸の高耶をコートでくるんだ。

「バカ野郎!だから待てって言ったのに…」

呆れて睨む顔は、言葉ほどに怒っていない。
優しい瞳に誘われて、またくちづけから始めかけた直江に、
「バカ。焦らなくても逃げたりしねぇよ。」
甘く囁いて立ち上がった高耶は、床に散った服とコートを抱えて風呂場に向かった。

続きはバスルーム?

喜んで後を追おうとした直江の鼻先で、高耶がピタッと足を止めて振り向いた。
「玄関の鍵、ちゃんと掛けたんだろうな?」

もちろん鍵など掛けてない。
高耶の姿を見たとたん、我慢も余裕も無くなっていた。

あなたが欲しくて、鍵も掛けずにあんなことを…
でも今それを言ったら、タダではすまない。

にっこり微笑んで、直江は高耶がバスルームに消えるのを見送り、玄関に鍵を掛けた。

二人が聖夜の静けさを味わったかどうかは、定かではない。
けれど幸福な夜だったことは、間違いナシ!(笑)の二人であった。

 

         2007.12.25

 

イブの夜、ふと書きたくなって書いたお話です。
いきなり阿呆なことしちゃう直江ですが、この日に帰る為に、すご〜く我慢してたってことで(笑)
許してやってね〜(^^)

 

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