◎実践登山講座
雪山に登るキミのために心と技術のアドバイス

   文=棚橋 靖

 社会のルールより自然のルールに従う山。居心地がよかった
 誰にでも原点があるように、ほそぼそと続けてきた僕の山登りにも原点存在する。中学、高校と山には縁がなく比較的遅く山を始めた僕にとって、それは大学1年生の冬山であった。
 1984年の年末、先輩たちと飯豊連邦のクサイグラ尾根に入山した。折りしもクリスマス寒波で大雪に見舞われ、ラッセルは遅々として進まない。日本海側の独特の湿雪で着ているものは濡れ(ナイロンヤッケ)、キスリングは水を吸い、靴は湿り(革靴)、ナイロンのシュラフカバーを通してシュラフも濡れてしまった。天候は安定する見込みはなく、我々は無駄な徒労を体験するために山に登っているかのように思われた。
 ある日行動が終わってテントの中で靴を脱ごうとすると、靴下が凍っているのに気がついた。足指は凍傷にかかっており翌日よりすぐに下山を開始。生活技術の未熟な僕のせいで始めての冬山合宿はあっけない幕切れとなった。
 このときの経験で、山では自分の身を守ることの大切さを身にしみて思い知らされることになった。そして20年たった今でも、山で何よりも重要なことは自然の脅威から自分の身を守ることだと思っている。
 もうこりごりと思った冬山山行であったが、その後も何故かずっと山に登り続けてきた。自分の限界に近い体験をしたときに、困難をくぐり抜けたことで自尊心が満足させられるのだろうか。社会のルールよりも自然のルールに従わなければならない世界で、当時社会に居心地の悪さを感じていた僕は、ひっそりと充実感を味わっていたように思う。
 数々の雪山登山を繰り返した中で、困難を分かち合った仲間との絆は、いつまでも心に残っているものだ。交代でラッセルを行った仲間の後ろ姿や、ビレイする僕に「じゃあよろしく」といって冬壁に取りついたパートナー、またテントで遅くまで語り合った過去の記憶は、ふとしたはずみで鮮やかに蘇る。
 連帯感を超えた心のつながりがそこにはあったように思う。仲間がいたからこそ僕は山を続けてこられたのだ。


 雪山でこれだけは気をつける
準備段階で
 さて、これから雪山を始めようという方や、もっとレベルアップしたいと望んでおられる方にいくつかの注意点を挙げておきたい。ここでは個々の技術論よりも雪山に登る心構えなどを中心に考えてみたい。

@まず雪山に入ることにきめたら、その下調べと準備を充分にすること。
 雪山の場合、夏の登山道は雪に覆われ、ルートによっては通る場所が変わり、雪の深さによって歩行時間は大幅に左右される。1日の行程はどのくらいとれるだろうか。また予備日はどうするか、装備は何が必要か?食料はどのくらい用意したらよいか?それらのことをすべて考慮して山行計画書を書いてみよう。
 過去の記録にをあたり、山仲間や先輩にアドバイスを聞き、情報を集め頭の中で山行のイメージを膨らましてみよう。逆にしっかりとした計画書が書けるのであれば、その山域の概念や山行のイメージが掴めているといえる。

A適切な装備を選び、使い方を習熟すること
 現在では山の装備は格段に進歩し、軽くて機能的なものになっている。種類も多く、購入には登山店スタッフや詳しい友人らのアドバイスをもとに目的の山行にかなったものを選ぶことが大切。特に靴とアイゼンは相性があるのでアイゼン購入の際には履く靴と合わせてみる必要がある。
 ウェアはインナーをウールや化繊にし、アウターはゴアテックスなどの防水透湿性のあるものが望ましい。細かな温度調整ができるよう、スキーウェアのような厚手のものを着て行動するのではなく、薄手のものの重ね着が基本。

B雪山の知識を身につけ、その危険を理解する
 雪山登山は無雪期の登山と違って、雪崩、風雪、雪屁などの危険を内包している。雪崩はどういう地形でどういった時に起こりやすいか、もし雪崩に遭ったらどう対処するか。冬山の気象の特徴はどういうものか。それらの知識を本や雑誌で学んでおく必要がある。また、転滑落、疲労凍死などの危険も考慮しなければいけない。さらに応急手当の方法も覚えておかなければならないだろう。

C体力につて
 雪山に限らず山登りは体力を使う。登山では行動に必要とされる体力(行動体力)と、寒さ・ストレスなど環境の変化から身を守る体力(防衛体力)の両方が必要である。体力をつけるには毎週山に登れれば理想的だが、なかなかそういうわけにもいかない。普段からエレベーターなどを使わずなるべく歩くことを心がけ、規則正しい生活習慣を送ることが大切。また、山行前は充分に睡眠をとり疲れを残さないようにしよう。


山行中に

D雪山技術
 歩行技術にはつぼ足歩行、とアイゼンワークがあるが、雪が出たらすぐアイゼンを履くのではなく、ある程度のところまではつぼ足で歩けるよう雪上訓練時に練習しておきたい。
 アイゼンを履くといいかげんな歩き方でも何とかなってしまうので、練習ではきっちりとキックステップ、ヒールステップをはじめとするつぼ足歩行をやっておこう。
 ピッケルワークは持ち方、ピックの向きなど諸説あるが、ピッケルは山側に持ってバランスを崩したらすぐに雪面につけるようにしておきたい。転ぶ前にバランスを保持することが何より大切である。
 行動中不安を感じる箇所に至ったら、「何とかなるだろう」とは考えず、ロープを使うなどの安全対策を講じるべきだ。特に先のパーティーがノーロープで越えたとしても自分たちの実力を考慮し、行けるかどうか判断しなければならない。よくロープをつけると一人が落ちると他の人も巻き込まれると言われるが、仮に巻き込まれたとしても樹木や岩にひっかかり止ることが多いので、ロープは積極的に使用したい。

Eいつも最悪の場合を考えて行動すること
 下準備をおこない、無理のない計画を立てたとしても、何が起こるかわからないのが雪山。天候が急変して視界が利かなくなるかもしれないし、想像以上に雪が深いかもしれない。雪崩れそうな斜面をトラバースしなければならない箇所が出てくるかもしれない。そのためには行動中、その場所で起こりそうな危険を考え、その対処法をイメージしておくこと。いざという時パニックにならず冷静に行動しなければならないからだ。

F生活技術の大切さ
 冒頭にも触れたように、雪山では自分の身を守る生活技術が大変重要である。雪山では衣類やシュラフを濡らすと凍傷にもなりかねないので、濡れたものはその日のうちに乾かしておくようにしよう。
 またテント泊の場合、狭い空間をより快適に過ごすため、私物を整理し、炊事では蒸気を出さないよう気をつけなければならない。特に長い山行になると少しずつの積み重ねで不快にも快適にもなるので、きめ細かい注意を払わなければならない。

 以上、いくつか雪山の注意点を述べてみましたが、どうです、雪山って大変でしょう。「やることがいっぱいありすぎて、とても自分のキャパを超えているわ」と思われたかもしれない。そう、雪山は大変なのです。でも焦らないで少しずつゆっくり学んでいけば、必ず身についてきます。
 最後に一言だけ。絶対に無事に帰ってくるんだ、という強い意志を持つこと。体力と知力と気力を備えて自分にとってかけがえのない世界を見つけてください。