犬と暮らすこと(パパの 戯言-T)

愛犬家?

愛する犬と暮らすこと、それは犬が好きな人が憧れる生活でしょう、家庭の中に犬がいて、

愛する妻とかわいい子供たちみんなで暮らす、

我が家は周りから、愛犬家と呼ばれているかも知れません、

 

家族の紹介をするときには、

子供が二人と、妻一人、アメリカンコッカ-のタバサとアーニーにアフガンのミュウで

私以外はすべて女性のハーレム生活です、

なんて平気で話しています、こんな我が家は、

変な家族と周りには映っている事でしょう。

 

平均的な犬と暮らすお家では

一頭飼いがほとんどでしょう、

多頭飼いをしているお家は、極少数なのもたしかなようです。

動物が好きな人が動物と暮らす生活、

妻も小さなころから経験しています、

それはとても良い環境だと、動物好きの方は思うことでしょう

実際私もそう思っています、

 

我が家には中学生の長女と小学生の次女二人の娘がおり、

4年前のクリスマスからタバサと暮らし 、

そのコの出産も子育ても経験して一緒に成長してきたように思います、

 

人間と犬では背負っているものが違いますが、

命ということは同じです、物言わぬ犬たちと小さなころから暮らすことは、

子供たちにも親から教えられないことを沢山感じていると思います。

 

街、都会、住宅地、人は人以外が暮らすことを拒んで、人が作った物と暮らす、

それが満ち足りた生活、人らしい生活と私も自然と教えられていたと思います、

 

例えば昭和40年代私の暮らす街では

家の前の道も舗装されていない地道で、良く道端で遊んでおりました、

そんな風景の中道端には子供の声や、

犬の声鳥の声が自然に溶け込み何の違和感も無く当たり前だったでしょう、

 

何時のころからか、

その道も舗装され大きな車が通り道端で遊ぶ子供たちの声と共に動物たちの声もきえ、

決められた小さな公園で一緒に遊ぶ子供たち

微笑ましい

住宅地の中の極々自然な生活と思える風景です、

まだそこには犬や猫たちも一緒に暮らせていたと思います、

 

何時のころからかマンションと言われる、高層の団地が増え、

となり近所の顔も知らずに暮らすようになり、

団地内の公園スペースは赤ちゃんの公園デビューの場となり、砂場や公園スペースでは、

不衛生で危険な動物は敬遠され、公園の嫌われ物となって、

セミの声だけが響く公園、

 

人はいるけどコミュニティーでは無く、子供自慢の場となり、

子供は大きくなると、塾通い勉強が出来ても動物が苦手、

又は興味が無く成人を迎える、

ストレス解消の為にゲームやインターネットに没頭し、人以外に興味が無くなり挙句の果てには、

人にも興味が無くなる、このような図式も少なからずあるようです、

 

物申す人間に興味が無くなった物に。

物言わぬ不潔で親達が言う危険な動物を理解できることも無く、

動物達に対して創造力が働くことも無く

大人になるのでしょう。

 

憧れの生活

けれども、きっかけチャンスはあります、

例えばお友達の家に飼われている動物、恋人が動物好き、

街中にあるペットショップなど、

ふれあえるチャンスは沢山あります、

 

結婚と同時に動物と一緒に暮らす、子供達がおねだりして動物を迎える、

ご近所の動物が子供を生んだので譲っていただく、

チャンスはありますが、

幸福になるか悲劇となるかは、あなたしだいです、

 

例えば、ご近所の子犬を譲っていただくお話がでてきたとします、

その子は大型犬としますあなたの家で飼えるのでしょうか、

確かに子犬の間は抱き抱えることも出来るでしょうが、

半年もすれば女性では抱えることが困難になってくるでしょう、

 

又排便も大型犬は大量に行います、楽しいはずの散歩でさえ、1時間から2時間は必要です、

この散歩が

飼い主とのスキンシップから犬との関係が出来あがる大変大事な訓練です、

毎日欠かさず行いましょう、

このころからしだいに飼い主と犬の力関係がでてきます、

今まで以上の愛情をもち、しつけを行いましょう。

 

しつけや訓練に困ったことが出来たらどうするのでしょう、

今はいろんなところからしつけ情報を集めることが可能です、

テレビでは、ペットブームの影響で犬猫の番組を組んでいます、

又本屋に行けば大量にペット関連の情報誌から犬種別のしつけ本が出版されています

インターネットのHPや掲示板でもペット関連は活発に更新されていますので、

どの情報が我が家の問題児に最適なのか迷ってしまうほどです、

 

しつけ教室にでてみるのも良いことでしょう、

その子の特性や性格、他の子の様子に一番は他の飼い主さんと飼い犬との接し方が見られます、

なかなか散歩の途中で合う時には、

そこまでは、見たり感じたりは出来ないことをそこではみれます、

又質問も出来るところです、

まっ訓練士さんにもよりますがそう言った情報にも敏感になって行くことが

楽しく愛犬と暮らす一歩でしょう。

 

又、ペットを飼うと、でかけるところに制限がでてきます、

それは人が作りだしたルールですが、しかたないことでしょう、

公共の場での常識はひとが中心だからです、

 

草原の中を思いっきり走る我が家の愛犬の姿が見たい、

一緒に走りたいと、私は思います、

けれどもそこまで出掛けることは車にしろ列車にしろ、

ペットにかかるストレスは、大変なことです、

 

又、そこまで到着しても泊まるところが限られます、

ホテルであれペンションであれ、

少ない選択肢の中でセレクトして選んだが

食事も客の扱いも愛犬の待遇も

考え無いところが多いことに幻滅します。

 

近い将来病院では、全面禁煙になるそうです、

他の公共の場といわれるところも右に習えで禁煙になるのでしょう

そのターゲットは愛されていない愛煙家と呼ばれる人達です

税金だけはしっかり取られて嫌われるそう言う人種です、

愛されているような響きの愛犬家と呼ばれる人は実は

愛いしているのは本人だけで嫌われ物、

愛犬家は愛煙家と同義語なんだと感じています、

しかし愛犬家はそんなに嫌われるいやな人なんでしょうか?

犬や猫一緒に暮すには、そんなに色んな制約をクリアーしないといけないのでしょうか?

私が少年期の40年代では、そんなに厳しく言われる事は、なかったのではないでしょうか?

生活も、収入も、情報も、豊かになって来ているのですが、

何か忘れ去ったような、

置き去りになっているような事、

例えば、隣りや近所のお付き合い、朝に出会えば「おはよう御座います!」からはじめる事で、

良いのでは、と思います。

マナーや躾は、良く言われますが、ペットを飼っている方、飼っていない方、

皆が良い暮らしについて少しずつ歩み寄れば、少しずつ良くなっていく様に、思います。

これも愛犬家?のかってな戯言なんでしょうか?

 

tabasa_papa@yahoo.co.jp

 

 

 

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