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社名 新田神社(薩摩国一之宮)
鎮座地 鹿児島県薩摩川内市宮内町1935−2
主祭神 天津日高彦火瓊瓊杵尊
社殿
神社の様子
創建   不詳
旧社格 国幣中社 HP 無し 通算
参拝回数
2回
現在の社殿の
建築年代
慶長6(1601)年 文化財
指定
県指定文化財

神社の歴史

当社は延喜式の式内社ではないが、社伝に
よると天照大神の孫で天孫降臨した瓊瓊杵尊
(ニニギノミコト)の御陵で神代三陵の一つ
である可愛山陵(エノサンリョウ)に面して
創建されたという。祭神は瓊瓊杵尊
(ニニギノミコト)、配祀として天照大神、
天忍穂耳尊の2座を祀り、平安時代末期に
応神天皇の八幡大神を合祀して以来、
八幡新田宮、新田八幡宮とも称し、八幡五所
別宮の一社として重きをなし、国司・武家の
尊崇が厚かった。もとの社殿は参道石段
中程であったが、承安3(1173)年に炎上し、
安元2(1176)年に現在の山頂に遷された。
また島津氏が薩摩国に封ぜられた鎌倉
時代以降は島津氏の庇護を受け、慶長6
(1601)年に島津義久・義弘が社殿を
すべて改築、嘉永3(1850)年には島津
斉興が拝殿・勅使殿以外の建物を改築
した。尚、薩摩国の一之宮については
枚聞神社と当社との間で争論が
起こっている。


俺の感想
コメント

当社は天照大神の命により天孫降臨をした
瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)が祭神で、神社の
裏山には瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の陵墓と
される可愛山陵(エノサンリョウ)がある。実は
初代天皇である神武天皇は瓊瓊杵尊
(ニニギノミコト)の曾孫の世代となり、神武
天皇に至るまでの三代は神代とされて
いるが、それぞれに陵墓とされるものがあり、
これらは神代三山陵と呼ばれている。
(ちなみに系譜を示せば瓊瓊杵尊(ニニギ
ノミコト)−天津日高彦穂穂出見尊(山幸彦)
−鵜草葺不合尊−神武天皇となる)
古事記や日本書紀などの日本神話に
登場する神々(人々)の墓や日本神話に
起因する伝承地を訪ね歩くことは、世界
最古の国ながらその成立過程が曖昧模糊
としている我が国発祥の謎に迫るようで
実に実に楽しいものである。そんなこんなで
この新田神社を訪ねたのは、瓊瓊杵尊
(ニニギノミコト)の陵墓とされる可愛山陵
(エノサンリョウ)を訪ねるのが主目的であり、
私にとって新田神社はおまけ的な
存在だった非常に珍しいケースである。