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名称

厳島神社五重塔
総高 28.38m 文化財指定 重要文化財
所在地 広島県廿日市市宮島町1−1
建立年 応永14年
(1407年)
建築様式 禅宗様
構造形式 三間五重塔姿。檜皮葺
塔の外観
塔の歴史
厳島神社は推古天皇の元(593)年に創建された
という。社殿が現在の規模に定まるのは平安
末期に平清盛によって造営された時であり、
現存する社殿の大部分は当時のものである。
塔は応永14(1407)年に建立されたもので、
もとは大聖院の子院である金剛院に属して
いたが、明治の廃仏毀釈の時に厳島神社の
所属となった。露盤下品軒覆の鉄板鋳銘から
戦国時代の天文2(1533)年に改修された
ことが知られ、大正2年には解体修理が、
昭和26年には屋根の葺替え工事が行われた。
尚、この五重塔が建つ塔の岡は、厳島合戦の
際に陶軍が陣を構えた場所と伝えられている。

俺の感想
コメント

言わずと知れた日本三景の一つとして有名な
安芸の宮島(厳島神社)。戦国時代には毛利
元就と陶晴賢による厳島の戦いが起こった
場所でもあり、また、近年世界遺産にも登録
されるなど、日本でも有数の観光地として
名高い。しかしながら、この厳島神社は実は
安芸国の一之宮であり、且つ
日本に現存する
二十二基の五重塔
のうちの一つがあることは
あまり知られていない。普通は「日本三景の
一つ」として訪問される方が大多数であると
思われるが、日本全国の「一之宮巡り
「五重塔・三重塔巡り」を趣味としている私は
おそらく他の人とは厳島神社を訪問する
目的を異にしていたに違いない。さて、そんな
塔だが、見事なまでに真っ赤に染め抜かれた
厳島神社の社殿と同じく真っ赤に染め抜かれて
いるが、厳島神社の社殿とはだいぶ離れた
小高い丘の上に建てられているせいか、やはり
地味な印象は拭い難い。事実、塔のことは
気にも止めない、または遠望するだけといった
方が圧倒的に多いように感じられた。私に
言わせれば塔は抜群の存在感を放っていて
境内のどこにいても気になって仕方がなかった
ものだったのだが(笑)しかしながら、逆にいえば
あれだけ人でごった返している厳島神社の
社殿とは違い、塔に来る人は本当に疎らだった
ので、私は気が済むまで大好きな塔を眺めて
いられるという、至福の時を過ごすことが
できた。尚、塔は小高い丘に建っているという
その立地から塔と同じ目線の少し離れたところ
から全景を眺めることができないのが、残念な
点であるが、各層の軒の反りが著しく、下から
見上げると不死鳥が翼を広げ、今にも飛び
立とうとしているような姿に観えた。通常塔は
あくまでも塔であり、他のものになぞらえて
観えることなどは決してないのだが、この塔に
限っていえば極めて例外的なことであった。