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墓 所 名 楡井頼仲の墓
お墓の様子
所 在 地 鹿児島県志布志市
志布志町志布志2(大慈寺)

〜コ メ ン ト〜

楡井頼仲の墓。楡井氏は信州楡邑の出身で信濃源氏の

末裔とされる。この地方で最初に楡井氏の名が現れるのは

建武3(1336)年のことで南北朝時代、大隅・日向地方では

南朝(宮)方の肝付兼重が勢力を誇っていたが、北朝

(武家)方の畠山直顕の侵攻が激しく、次第に敗勢と

なっていった。在地勢力として急速に興隆していた楡井

頼仲は征西将軍宮・懐良親王の入薩(1342年)を機に

南朝方武将としての性格を明確にし、肝付氏に代わって

大隅で勢力を拡大、志布志城主となってこの地を支配

した。しかしながら正平12(1357)年に畠山直顕によって

攻められ志布志城は落城し、頼仲は自害して楡井氏は

滅亡した。

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