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墓 所 名 楠木正勝の墓
お墓の様子
所 在 地 奈良県十津川村武蔵

〜コ メ ン ト〜

楠木正勝の墓。正勝は楠木正儀の長男とされるが、

その行動については異説や弟の正秀の事績と混同して

伝えられている場合が多く、不明な点が多い。「南狩

遺文」の元中7=明徳元(1390)年4月4日付伊予守某

奉書に「楠木右馬頭」の名が見え、「応永記」には応永6

(1399)年11月、応永の乱に際し、大内義弘を助けて

和泉国堺で戦った者に「楠某」が見え、これらを正勝に

あてる説がある。その後、金剛山千早城の落城後に弟の

正元と十津川に潜伏して再起をはかったが、病にかかり

応永11年1月15日に亡くなったと伝えられている。また

一説に曹洞宗の禅僧、傑堂能勝を正勝の後身とする

説もある。

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