トップページへ戻る
墓 所 名 源為義の墓
お墓の様子
所 在 地 京都府京都市下京区朱雀裏畑町

〜コ メ ン ト〜

源為義の墓。父は義親で義家の孫に当たる。天仁元

(1108)年に父が平正盛に追討されたため、叔父義忠

ついで祖父義家の養子となった。翌年(天仁2(1109)年)

内紛によって養父義忠が殺害された際には、黒幕とされた

義家の弟である義綱を追捕した功により左衛門尉に

任じられ源氏の正嫡となった。その後、平正盛とともに

寺社の強訴の鎮静化に活躍。久安2(1146)年には藤原

頼長に従い検非違使に任官したが、久寿2(1155)年に

子の為朝の乱行の責めを受けて解任され、家督を嫡子

義朝に譲った。保元元(1156)年の保元の乱では義朝

のぞく子6人とともに
崇徳上皇・藤原頼長側に加わり、

合戦では夜襲の献策をするも頼長に退けられ敗北し、

義朝のもとに投降した。義朝は父の助命を願い

出るが受け入れられずに斬首された。

日本全国歴史的人物の墓を巡る旅のトップページへ戻る