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墓 所 名 宗重尚の墓
お墓の様子
所 在 地 対馬市厳原町内山551
(木武古婆神社)

〜コ メ ン ト〜

宗家初代重尚の墓。「宗氏家譜」によれば重尚は大宰

小弐の被官として、寛元4(1246)年に武藤資頼の

命を受け、大宰府の命に従わない対馬の在庁官人・

阿比留氏を討ち滅ぼし、その功により対馬の地頭代に

任じられ、宗氏の祖となったという。(晩年は内山村に

隠退し、そこで没したといい、現在、同地には重尚を

御祭神とした木武古婆神社が建立されている)

しかしながら、近年の研究では阿比留氏征伐説は

史実とは認められず、重尚の名は確実な文献資料には

微正がなく、その実在性は疑問視されているという。

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