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墓 所 名 宗経茂の墓
お墓の様子
所 在 地 長崎県対馬市美津島町
小船越382(梅林寺)

〜コ メ ン ト〜

宗家第五代当主経茂の墓。経茂は南北朝時代の対馬国

守護代で少弐貞経・頼尚のもとで抜群の武功をあげた。

経茂の歴戦の武功の中でも元弘3(1333)年5月に鎮西

探題北条(赤橋)英時を敗死させた武勇は特筆すべき

ものである。延文4=正平14(1359)年に大保原合戦で

少弐頼尚が菊池武光に大敗し勢力がおとろえると、

対馬の実質的支配権を確立、「宗氏の対馬支配は

少弐氏の支配を受けることなく、実質的な当主支配と

なった」とされ「島内の事は大宰府に伺うことなく、経茂の

専結で運んだ」といわれている。また朝鮮に近い地の利を

生かし高麗との交易を始め、応安元=正平23(1368)年

11月に宗氏としては初めて高麗に使者を遣わし(これは

当主が朝鮮と交渉を持った初見である)、米1000石を

与えられ、朝鮮通交の基礎を作った。尚、経茂の墓は

梅林寺の境内にはない(前面道路を挟んで向かいの

山腹にある)ので、要注意である。

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