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墓 所 名 最上家墓所
(旗本最上家の菩提寺)
お墓の様子
所 在 地 滋賀県東近江市
尻無町908(妙応寺)

〜コ メ ン ト〜

最上氏は足利一族で、室町時代には三管領に名を

連ねた
斯波氏の支族で、代々羽州探題に任じられた

名門である。最上氏は戦国時代に足利将軍家をはじめ

とする足利一門斯波畠山・細川・
一色大崎渋川

吉良今川)が次々と滅亡・没落する中、第12代当主

最上義光の下で飛躍的に発展し、出羽随一の

57万石の大大名となり絶頂期を迎えた。このように

足利一門で唯一戦国時代を勝ち抜いた最上氏で

あったが、義光の孫・義俊の代でお家騒動が勃発し、

元和8(1622)年に改易され、所領没収となった。

義俊は近江と三河で5千石ずつを与えられたが、

寛永8(1631)年の義俊の死により、嫡子義智は

幼年を理由にさらに5千石を削られ、以後、5千石の

旗本として近江大森に陣屋を構え、この地で命脈を

保ち明治維新に至った。尚、その際に最上家の

菩提寺と定められたのがこの妙応寺で、現在、

御霊山(墓地)には墓碑が、堂内には最上家

歴代当主並びに家族の位牌が祀られている。


※最上氏の系図についてはこちらをご参照下さい。

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