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「一之宮とは」
筑前国には一之宮候補として、住吉神社

筥崎宮二つがある。大日本一宮記など

近世の文献は筑前国の一之宮を筥崎宮

しているが、筥崎宮を一之宮とする中世

以前の史料はなく、近世になってからの

説だと思われる。これに対して住吉神社

一之宮とするものは建武元(1334)年の

ものが残されている。しかし、南北朝以前の

記録はなく、最初から住吉神社が一之宮で

あったとする証拠はない。一代一度神宝

奉幣に預かることが一之宮とされることの

一つの目安と考えられているが、「左経記」に

よれば寛仁元(1017)年の筑前国では住吉

神社
と並んで宗像大社と香椎宮が奉幣に

預かっている。いずれの社も一之宮になって

おかしくない社格と由緒をもっているが、どちらの

社にも一之宮とされたという記録はない。従って

状況証拠からは住吉神社が当初からの

一之宮だったと推測されるが、戦禍などに

よって衰微し、古記録・神宝の類がほとんど

残されておらず、戦国末には社殿もなく神官も

不在という有様であった。このように住吉神社

衰退して一之宮の機能を果たせなくなったために

代わって筥崎宮が一之宮を称するように

なったと考えられている。

『〜筑前国の場合〜』