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墓 所 名 能登畠山氏墓所
お墓の様子
所 在 地 石川県羽咋市
酒井町イ11(永光寺)

〜コ メ ン ト〜

能登畠山氏は足利一族で室町時代には三管領に名を

連ねた畠山氏の支族で、畠山基国の次男、畠山満慶が

能登を与えられて以降、戦国時代の天正5(1577)年に

上杉謙信に滅ぼされるまでの約170年間、能登一国を

支配した。この墓所は羽咋市の永光寺にあり、寺では

畠山氏の墓所として伝えられてきたものという。

しかしながらお寺の方曰く、研究者が何度もこの墓所を

調査するために訪ねてきたが、墓石は磨耗が激しく、

寺に残る文献などからもこの墓所が畠山氏のもので

あるという確証は得られていない(古文書に記されて

いる畠山氏墓所と現在のそれとでは場所が違う

らしい) ということであった。


※畠山氏の系図についてはこちらをご参照下さい。

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