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墓 所 名 武田信玄(晴信)の墓
お墓の様子
所 在 地 山梨県甲州市塩山
小屋敷2280(恵林寺)

〜コ メ ン ト〜

歴史に興味がない人でもその名を知らない人はいないで

あろう。生涯のライバル上杉謙信との5度に渡る川中島の

合戦は特に有名。晩年には戦国時代最強といわれた騎馬

軍団を率いて上洛を目指し、破竹の勢いで徳川軍を圧倒、

ついに織田信長との決戦という直前に志半ばで陣没した。

信玄を失った武田軍は撤退せざるを得ず、窮地に立た

されていた信長は九死に一生を得たといわれている。

このため現在でも信玄にあと5年寿命があったなら天下を

取っていたに違いないとする人は多い。また信玄は

人は城、人は石垣、人は掘、情けは味方、仇は敵なり

といった言葉を残していることからもわかるように家臣、

領民を大切にした勝れた民政家でもあり、そういった

エピソードにも事欠くことはない。私は信玄の墓だけでは

なく、武田家歴代当主の墓参りもしたが、どこに行っても

「この方は信玄公の何代前の方で・・・」と信玄を中心とした

説明を受けた。日本人本来の考え方からいえば新羅三郎

義光以来、甲斐源氏の血を脈々と伝えてきた信玄の

先祖達の方を敬うべきで「この方の何代後の子孫(当主)が

武田信玄です」とするべきじゃないかと思ったりもしたが、

逆にいえば没後400数十年経った今でもいかに信玄が

絶大な人気を誇り、山梨県民から愛されているかという

ことが、よく表われているなと実感したりもした。


※甲斐武田氏の系図についてはこちらをご参照下さい。

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