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墓 所 名 足利茶々丸の墓
お墓の様子
所 在 地 静岡県伊豆の国市
寺家83−1(願成就院)

〜コ メ ン ト〜

足利茶々丸の墓。茶々丸は堀越公方足利政知の

長男で延徳3(1491)年4月の政知没後に生じた

家督を巡る内訌に際し、同年7月に継母・円満院

並びに異母弟・潤童子を殺害し、実力行使でその

家督を継承した。しかしながら、その後においても

内訌は収まらず、外山・秋山両家老を殺害するなど

豆州騒動といわれる状態に陥った。そうした伊豆に

おける内乱状態に付け入られ、明応2(1493)年に

伊勢宗瑞(いわゆる北条早雲)の伊豆乱入を許し、

堀越御所を攻略され、国外に逃亡した。尚、これまでの

通説では茶々丸は宗瑞の伊豆乱入の際に滅亡し、

宗瑞による伊豆平定も、わずか1ヶ月で遂げられたと

されていたが、実際には国外に逃亡し、山内上杉

顕定・武田信縄の後援を得て、武蔵・甲斐郡内を

転戦して伊豆奪回の機会をうかがっていたことが

明らかとなっている。しかし、明応7(1498)年8月に

再び宗瑞に攻められ、甲斐国で滅亡した。

尚、茶々丸の墓とされるものは下田にもある。


※足利将軍家の系図についてはこちらをご参照下さい。

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