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墓 所 名 北畠守親の墓
お墓の様子
所 在 地 青森県青森市浪岡大字
北中野字村元153−4

〜コ メ ン ト〜

北畠守親の墓。守親は北畠顕信(北畠親房の次男で

顕家の弟)の次男とされる人物で、陸奥守に任じられ、

守永親王=宇津峰宮(後醍醐天皇の第二皇子である

尊良親王の皇子)を奉じて奥州に入り北朝方と対峙した

とされ、のちに津軽の浪岡に拠って、川原御所の祖に

なったと伝えられている人物である。(また、一説には

浪岡御所の祖になったとも言われている。)尚、北畠

守親および一族の墓所については、明治の初期頃の

調査資料によると数基の五輪塔が残されていた

ようであるが、戦時中にその多くが遺失してしまい、

その資料的価値は大きく低下してしまったと言わざるを

得ない状況となってしまっているのは非常に残念な

ことである。

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