トップページへ戻る
墓 所 名 足利春王丸・安王丸の墓
お墓の様子
所 在 地 岐阜県垂井町垂井

〜コ メ ン ト〜

足利春王丸、安王丸の墓。春王丸、安王丸は

室町幕府(足利将軍家)に反逆を企てた鎌倉公方

第四代足利持氏の遺児で、永享の乱により持氏が

永安寺で自害した後は庇護者の間を転々と流浪し、

下野の日光まで逃れた。その後、下総の結城氏朝に

迎えられて反幕府の兵を挙げた(結城合戦)が、幕府の

大軍に包囲されること約1年、ついに嘉吉元(1442)年

4月16日に結城城は落城した。春王丸・安王丸は

捕らえられ、京都へ護送される途中、垂井の金蓮寺に

おいて斬首され、京都で首実験に供された後、同寺に

埋葬された。この時、春王丸13才、安王丸11才であった

という。墓所には石柵に囲まれて3基の宝篋印塔がある。

やや小さくほぼ同じ高さの2基の宝篋印塔が春王丸・

安王丸の墓とされ、大きいのは乳母の供養塔だと

いわれている。


※鎌倉公方足利家の系図についてはこちらをご参照下さい。

日本全国歴史的人物の墓を巡る旅のトップページへ戻る