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墓 所 名 坂崎出羽守直盛の墓
お墓の様子
所 在 地 島根県津和野町
後田ロ−107(永明寺)

〜コ メ ン ト〜

坂崎出羽守直盛の墓。直盛は宇喜多忠家の長男

(宇喜多秀家の従兄弟)で、関ケ原の戦いの戦功により、

慶長6(1601)年、津和野3万石の城主となり、徳川家康の

命で姓を坂崎に改め、出羽守と名乗った。元和元(1615)年

大坂夏の陣では、燃えさかる大坂城より豊臣秀頼の正室・

千姫(徳川秀忠の長女、家康の孫娘)を救出した。翌年、

千姫が本多忠刻に再嫁する際には輿入れの行列を

襲って千姫を強奪する計画を立てたが露見し、元和2

(1616)年9月11日に自刃。家臣に謀殺されたともいう。

この千姫事件の原因は家康が千姫を直盛に嫁がせる

ことを約束していたが秀忠によって破られたからとも、

直盛が千姫の嫁ぎ先を斡旋済みだったにも係らず反故に

されてしまい面目をつぶされたためともいう。津和野での

直盛の治世は16年と短かったが、現在でも津和野では

治水・街並の整備等を積極的に進め、今日の津和野の

礎を築いた名君であったと伝えられている。尚、直盛の

墓石には「坂井出羽守」と刻まれているが、これは

幕府をはばかってのことだといわれている。

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