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墓 所 名 武茂氏墓所
お墓の様子
所 在 地 栃木県那珂川町
馬頭114(乾徳寺)

〜コ メ ン ト〜

武茂氏は下野国中央部に勢力を誇った宇都宮氏の支族で、

鎌倉幕府の評定衆として、執権の補佐にあたった宇都宮家

第七代当主・景綱の三男・泰宗を始祖とする一族で、

泰宗が武茂氏を起こしたのは鎌倉時代末期の正応・永仁

年間(1288〜98)の頃とされる。武茂氏は宗家宇都宮家の

中でも有力な支族であり、宇都宮家の第十三代当主・

持綱および第十六代当主・正綱は武茂氏より入っている。

武茂氏は武茂城を居城とし、約300年間、馬頭町域一帯を

支配したが、戦国時代になり常陸佐竹氏が下野に進出

すると武茂氏はその旗下に属し、文禄4年(1595)年に常陸の

久慈郡大賀村に知行替えとなった。その後、武茂氏は

佐竹氏の秋田移封に随行して武茂城も廃城となった。

乾徳寺は武茂一族の菩提寺で、この石塔類は一族に関する

ものと考えられ、古文書により、江戸時代の享保16(1731)年

に散逸していたものをここに整理したことが知られている。

現在10基ほどの宝篋印塔・五輪塔があるが、完全なものは

3基で、他は石組みが乱れているという。一部鎌倉時代から

南北朝期にかけて造られたものもみられるが、宝篋印塔の

相輪部・笠の突起部・基壇の簡略な石刻みの手法から見て、

戦国時代の末期のものが大半を占めているとのことである。

尚、この他にも境内には、完全な形ではないが、40基近い

宝篋印塔・五輪塔が散在しており、これらも武茂一族に

係わるものと推定されるという。

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