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墓 所 名 武田信春の墓
お墓の様子
所 在 地 山梨県甲州市塩山
千野3653(慈徳院)

〜コ メ ン ト〜

武田家第十二代当主信春の墓。祖父・信武、父・信成の

時代からこの信春の時代にかけての惣領家の勢力は

比較的安定していたとされる。また、信春の時代になると、

武田惣領家と幕府との直接的な関係は弱まり、代わって

関東管領の上杉氏憲(禅秀)と孫娘との婚姻をはかるなど、

鎌倉府との関係を強めている点が注目される。尚、信春の

館は甲州市塩山の千野の地にあったといわれており、

応永20(1413)年の10月に萩原入の柳沢峠で死去した

という。(信春の死については、一説に反守護勢力の

逸見有直のために柳沢山で自害したともいわれている。)


※甲斐武田氏の系図についてはこちらをご参照下さい。

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