トップページへ戻る
墓 所 名 源頼義の墓
お墓の様子
所 在 地 大阪府羽曳野市通法寺

〜コ メ ン ト〜

源頼義の墓。頼義は頼信の嫡男で、長元元(1028)年の

平忠常の乱の際に父を助け乱の鎮圧に貢献し、早くから

その武勇を東国武士に知らしめていた。後に敦明親王に

仕えて、相模・常陸・武蔵・下野の国守を務めた。頼義は

東国武士との関わりが深く、永承6(1051)年に俘囚の長で

ある安倍頼良(のち頼時)が反乱を起こすと乱の鎮圧に

あたった。一旦は頼時を従わせたが、その後、頼時と

その子・貞任が再び反乱を起こし、前九年の役となると、

出羽の豪族清原氏の援を得て、康平5(1062)年に乱を

平定し、この功績によって、正四位下・伊予守に任官した。

その後、承保2(1075)年に88歳でその生涯を閉じ、

通法寺境内に葬られたといわれている。


※源氏嫡流の家系図についてはこちらをご参照下さい。


日本全国歴史的人物の墓を巡る旅のトップページへ戻る