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墓 所 名 吉良氏墓所
お墓の様子
所 在 地 東京都世田谷区桜
1−26−35(勝光院)

〜コ メ ン ト〜

吉良氏は清和源氏・足利氏の支族で、三河国吉良荘

より起こった。吉良氏はその庶流で、十四世紀後半、

治家の代に世田谷に居館を構えたと伝えられる。室町・

戦国期を通じて、吉良氏は足利氏御一家として家格の

高さを誇り、世田谷地域を支配していた。十六世紀、

頼康・氏朝の代には後北条氏と婚姻を結ぶなどの

関係にあり、天正18(1590)年の小田原落城によって

後北条氏の後ろ盾を失うまで、世田谷の殿様として

この地にあった。忠臣蔵で討たれた吉良氏と区別する

ために世田谷吉良氏とも呼ばれている。関東が徳川氏

の支配下に入ると氏朝の子・頼久は上総国寺崎村

(現千葉県)に所領を移され、以後吉良氏は旗本として

幕末まで存続したが、その間も勝光院は吉良氏の

菩提寺であった。勝光院は天正元(1573)年、氏朝の

中興開基で、吉良氏墓所には氏朝の孫・義祗以降の

一族の墓が所在する。全二十八基と、墓所内の隅に

集積された墓塔が十数基ある。


※吉良氏の系図についてはこちらをご参照下さい。

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