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墓 所 名 北条時子の墓(蛭子塚)
お墓の様子
所 在 地 栃木県足利市巴町(法玄寺)

〜コ メ ン ト〜

足利義兼に嫁いだ時子は北条時政の娘で尼将軍

政子や義時の同母妹にあたる。つまり足利義兼は

時子を室に迎えることで源氏の総帥、源頼朝

義理の弟(御門葉)ということになり、以降も足利氏

鎌倉時代を通じて北条氏から正室を迎え続け、

繁栄の一途を辿ることになる。源平の合戦時に

新田義重が頼朝と敵対し、以後新田氏が衰退し

続けるのと比べてあまりにも大きく相違しており、

南北朝時代における足利氏新田氏に対する

圧倒的な優位もすでにこの時期に決定していたと

いえるかも知れない。ちなみに現地の蛭子塚の

説明板では時子の悲劇的な最期を伝えているが、

今となっては、真意のほどは定かではないというより

他にないのではないかと思われる。


※おまけ。。。ちなみに尊氏までの足利氏の系譜は…

義康−義兼−義氏−泰氏−頼氏−家時−貞氏−尊氏

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