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『お墓巡りを始めたきっかけ』
仙台に転勤してから初めての3連休で私は以前より

興味があった八戸南部氏三戸南部氏のことを

調べてみたいと思い立ち、1人青森県へと向かった。

今にして思えば当時は歴史が好きだといっても

史跡巡りの中心となるのは断然お城巡りで、お墓に

対しては特に強い思い入れというのは何もなかった。

(その時の旅の主目的地も根城、八戸城、三戸城、

田子城などすべてお城だった)そんな私だが

三戸の三光寺に立ち寄った際に、ついに「あの運命の

瞬間」を迎えることとなったのである。ちなみに

三光寺を訪ねる前の私の予備知識は盛岡藩二代

藩主利直の早世した四男利康の霊屋があるという

ことだけで、時間がなかったら素通りしようと思って

いたくらい関心の薄い存在だった。しかし、時間の

折り合いもついたので、取り合えず訪問。お寺の

ご住職と南部氏のことについて懇々と話をした。

すると、ご住職から「あなたみたいに熱心な方は

そうそういない。本当は非公開にしているものを

今日は特別に見せてあげましょう」といわれた。

その非公開のものが何であるかもわからずに

ご住職に案内されるままに後を付いていくと、

そこには先ほどの霊屋とは比べ物にならない

ような質素な霊屋と墓石があった。そして

ご住職から「これは南部信直夫妻のお墓です」と

紹介された。「えぇ〜、あ、あの南部信直公の

お墓ですか!!!」当時私は信長の野望

(戦国時代の武将となって天下統一を目指すゲーム)

シリーズの大ファンで戦国時代への思い入れは

格別なものがあった。まさかその戦国大名の墓が

実際に存在しているなんて…。正直思いもよら

なかった…。大感激した。何十年振りに、本当に

久しぶりに『親友』と再会したかのように心から

込み上げてくる熱い感情を抑えることができなかった。

そして私のお墓巡りの旅が始まった。あれから

もう何千、何万のお墓との対面を果たしたの

だろうか…。今ではお城はそっちのけでお墓巡りを

するようになってしまった自分がいる。