墓 所 名 源頼信の墓
お墓の様子
 
所 在 地 大阪府太子町太子

〜コ メ ン ト〜

源頼信の墓。頼信は清和源氏の家系である満仲の三男

として生まれた。兄には大江山の酒呑童子などの鬼退治を

したという伝説で有名な源頼光がいる。頼信は二十歳の時

中央官界に身を置き、藤原道兼や道長に仕えた。特に

長元元(1028)年に勃発した平忠常の乱の際には、

乱の鎮圧に失敗した平直方にかわり追討使に任命され

反乱を鎮圧した。この乱を鎮圧したことによって、頼信は

武家の棟梁としての確固たる地位を築いた。また、上野・

常陸・石見・伊勢・美濃などの国司を歴任し、最後に

河内国司となり、河内国古市郡壷井里(現壷井・通法寺)に

本拠地を構え、河内源氏をひらくもととなった。長久4

(1043)年には子の頼義と共に観音堂(のちの通法寺)を

建立したと伝えられ、以後、代々河内源氏の菩提寺となり

源氏の隆栄と共に栄えた。頼信は永承3(1048)年に81歳で

没し、その遺言により通法寺の巽(東南)の方角に葬られた。

ちなみにこの頼信の子孫には後に幕府を開く源頼朝

足利尊氏などがいる。


※源氏嫡流の家系図についてはこちらをご参照下さい。


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