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墓 所 名 長宗我部元親の墓
お墓の様子
所 在 地 高知県高知市長浜天甫寺山

〜コ メ ン ト〜

戦国四国の覇者、長宗我部元親の墓。元親は永禄3

(1560)年5月22歳の時に長浜合戦で初陣を飾り、父、

国親の死後は戦陣に明け暮れ15年で土佐を統一、

続いて10年がかりで天正13(1585)年の春に四国を

平定した。しかし、この年8月の秀吉の四国征伐の前に

降伏し、土佐一国のみの領有となった。その後、

行政面でも政治家としての面目を発揮し、今に残る

長宗我部地検帳や長宗我部元親百箇条などの法令を

制定、居城を岡豊城から大高坂城を経て浦戸城へと

移転し、城下町を建設した。元親は慶長4(1599)年

5月19日に京都の伏見において61歳で亡くなり、

遺骸は遺言により天龍寺で荼毘にふされたのち

土佐へ帰り、この山に葬られた。

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