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墓 所 名 香宗我部親泰の墓
お墓の様子
所 在 地 高知県香南市
野市町土居寺中1430

〜コ メ ン ト〜

香宗我部親泰の墓。親泰は長宗我部国親の三男で

永禄元(1558)年に長宗我部氏との連携を模索する

香宗我部親秀の養子となり香宗我部氏の家督を継いだ。

以後親泰は兄・元親の片腕となって活躍した。四国

統一戦では阿波方面の進攻を担当し、海部城を拠点

として三好勢の城を攻略した。また外交面でも活躍し、

織田信長・柴田勝家・徳川家康・織田信雄等との

交渉にもあたっている。尚、秀吉に降伏後は豊臣政権に

組み込まれ、各地を転戦した兄・元親の留守を預かって

在国することが多かった親泰だったが、文禄元(1592)年、

朝鮮出兵に赴く途上にあった嫡男・親氏が急死したため、

これにかわって朝鮮半島に赴こうとする途上、親泰自身も

長門で急死をした。

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