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墓 所 名 今泉家累代の墓
お墓の様子
所 在 地 栃木県上三川町しらさぎ
1−51−7(長泉寺)

〜コ メ ン ト〜

宇都宮第五代当主頼綱の次男頼業は、まず横田(宇都宮市

兵庫塚)に築城し横田家を名乗ったが、多功城築城の

翌年、建長元(1249)年上三川に新たな城を築いて

移った。以後、代々上三川城主は横田家だったが、第7代

師綱のとき、康暦2(1380)年、主家宇都宮氏と小山氏が

合戦した裳原(宇都宮市茂原)の激戦で師綱とその長男

綱業が重傷を負ったため、今泉郷に住む綱業の弟、

元朝が上三川城主を継いだ。それから上三川城主は

今泉を姓とし、慶長2(1597)年高光(第14代と第15代の

二つの説がある。) が落城自刃するまで続いた。この墓は

上三川城主今泉家のもので、墓塔は宝篋印塔で、

室町時代の特徴を残しているものである。

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