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名称

最勝院五重塔
総高 31.20m 文化財指定 重要文化財
所在地 青森県弘前市銅屋町63
建立年 寛文6年
(1666年)
建築様式 外部:和様
内部:禅宗様
構造形式 三間五重塔姿。銅板葺
塔の外観
塔の歴史
日本最北の五重塔である。今は再勝院の
五重塔というが、もともとこの地には
大円寺があり、この塔は大円寺の塔
として3代藩主津軽信義が津軽一統の
戦死者供養塔として発願し、飛騨高山の
名工・目屋の竹内彦太夫を呼び寄せ
10年の歳月をかけ、4代藩主津軽信政
の寛文6(1666)年に完成したと
いわれている。尚、大円寺は明治維新後に
別の場所に移転したため、五重塔は現在の
最勝院に譲られたという。また、平成6年
には解体修理が実施され、現在では弁柄
塗りの美しい姿を取り戻している。

俺の感想
コメント

最勝院の五重塔は、みちのく・東北・青森県
にある日本最北の五重塔である。幼い頃から
私が東北に対して抱いていたイメージは
津軽海峡冬景色、雪国といった演歌の
世界であり、また、初めて青森県を訪ねた
のも、実際に真冬であったことなどもあり、
「北に帰る人の群れは誰も無口で…」といった
演歌のフレーズをそのまま髣髴とさせるような
印象を強く持ち、私の中では「厳しく長く、
雪に閉ざされた冬、質素で派手なことを嫌う
質実剛健で頑固な気質というイメージが
否応なく更に大きく膨らんだ。その後、
社会人になり、計らずも仙台営業所に
転勤となった私は自然と東北にある
五重塔、三重塔へと足が向くようになった。
山形県にある慈恩寺の三重塔、羽黒山の
五重塔
など、豪雪地帯である東北地方の
厳しい冬の風雪に耐え、何百年もの時を
過ごしてきたそれらの塔は決して派手では
ないが、素朴且つ純朴で、大変威厳に
満ちた質実剛健な塔であると感銘を
受けたものである。さて、話は脱線したが、
最勝院の五重塔のことである…。実は私は
この最勝院を過去に2度ほど訪ねたことが
あるが、その2回共に、五重塔を見ていて、
どうも何かしっくりこない、落ち着かないといった
違和感を感じずにはいられなかった。それは
塔のバランスが悪いといったものではなく、
その真っ赤に染め抜かれた派手な塔の婆が、
私が東北に対して持っていたイメージと著しく
相違するので感じたものだろう。今では
叶わぬ話だが、できることなら平成6年の
解体修理以前に、一度その姿を見て
みたかったものである。