権力闘争に敗れたもの、戦い敗れたもの、改易された
ものなど、敗れ去りし者たちの知られざるその後を追う。
敗れ去りし者 略  伝
筑紫国造磐井  新羅と通じ反乱を起こすも継体天皇に討たれた。
蘇我入鹿  大化の改新で中大兄皇子に討たれた。
孝徳天皇  中大兄皇子が離反、孤独のうちに難波宮で没した。
弘文天皇  壬申の乱で大海人皇子に討たれた。
長屋王  藤原氏の陰謀により謀反の疑いで自害に追い込まれた。
淳仁天皇  孝謙天皇に実権を奪われ、天皇を廃され淡路に流された。
道鏡  孝謙天皇の死後に下野国薬師寺に左遷された。
平将門  新皇と称し関東独立を図るが、朝廷の追討軍に討たれた。
崇徳上皇  保元の乱に敗れて讃岐国に流された。
平時忠  平家に非(あら)ずんば人に非(あら)ずと豪語したが・・・
後鳥羽上皇  承久の乱に敗れて隠岐に流された。
大江親広  承久の乱で京方に与して敗れた。
河野通信  承久の乱で京方に与して敗れ、奥州平泉に流された。
護良親王  謀反の罪で鎌倉に幽閉され、殺害された。
後醍醐天皇  京都回復の夢を果たせぬまま吉野で没した。
足利持氏  永享の乱に敗れて自害に追い込まれた。
足利春王丸  結城合戦で敗れ、京都へ護送される途中で斬首された。
足利安王丸  結城合戦で敗れ、京都へ護送される途中で斬首された。
足利(大覚寺)義昭  兄・義教の恐怖政治に怯え、逐電するも日向国で討たれた。
赤松教康  嘉吉の乱後に再起を期すも伊勢で討たれた。
教尊  禁闕の変との関係を疑われて隠岐に流された。
足利茶々丸  伊勢宗瑞(いわゆる北条早雲)の伊豆乱入を許し、討たれた。
今川義元  桶狭間で信長に奇襲されあえなく討死した。
織田信孝  信長の死後、敵対した豊臣秀吉により自害に追い込まれた。
諏訪頼重  武田信玄に敗れ、東光寺に幽閉され自害に追い込まれた。
武田義信  父・信玄と対立し東光寺に幽閉され、自害させられた。
九戸政実  九戸の乱を起こすも敗れて斬首された。
小野寺義道  関ヶ原の戦い後に改易され、津和野に流された。
具志頭王子  琉球王国の王子。遠く離れた異国の地で無念の死を遂げた。
里見忠義  大久保忠隣の失脚に連座して改易された。
福島正則  豊臣家恩顧の筆頭として警戒され、減封・配流となった。
天草四郎時貞  3万7千人の民衆を率いて島原の乱を起こすも鎮圧された。
徳川忠長  兄・家光に疎まれ自害させられた。
吉良義央  赤穂浪士の襲撃を受け殺害された。
吉良義周  赤穂浪士討入に際し「当夜の働き不届至極」として配流された。
徳川宗春  吉宗の享保の改革に反対対立し蟄居謹慎を命ぜられた。
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『敗れ去りし者たちの墓を訪ねる』

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