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 五月雨は つゆか涙か 時鳥(ほとどきす)
 
 わが名をあげよ 雲の上まで
  


  作者 : 足利義輝(室町幕府第十三代将軍)
  

  解説 :
   足利義輝の辞世の句。足利義輝は室町幕府の第十三代
   将軍ですが、彼が将軍職を継いだ時には室町幕府や
   将軍職の権威は地に堕ちていました。そんな中、義輝は
   室町幕府のかつての威光を取り戻すため、傀儡将軍の
   地位に甘んじることなく孤軍奮闘をしますが、幕政を
   牛耳ろうと目論んでいた松永久秀と三好三人衆に
   とっては、そのような義輝は邪魔な存在であったため、
   永禄8年(1565年)5月19日ついに松永久秀と三好
   三人衆は謀反を起こし、義輝の居城である二条御所に
   軍勢を率いて襲撃をしました。上泉信綱・塚原卜伝に
   剣術指南を受けた剣豪であった義輝は古くから足利
   将軍家に伝来されていた「鬼丸国綱」や「童子切安綱」
   などの名刀を振るい、畳の上に何本も抜いた刀を突き
   立てておいて、刃毀れをすると、すぐにこれを取替え、
   敵方の兵を多数斬り殺して戦ったといわれていますが、
   衆寡敵せず、奮戦の甲斐なく三好勢によって無惨にも
   殺害されました。義輝は室町幕府の歴代将軍の中でも
   特に覇気に溢れ、武士らしい将軍と讃えられています。
   その政治活動により、一時的にとはいえ将軍権威が復活
   したことは評価に値しますが、皮肉にも自らが暗殺された
   ことにより、将軍の権威は再び地に堕ちました。最後の
   最後まで将軍の復権を望んでいた義輝ですが、辞世の句
   からも、志半ばで逝く無念さが滲み出ていて涙を誘います。

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